熊地蔵と行く日本海トリップ
2014/12/16
2014年11月30日〜12月3日

ドアーズ敬老会サーフトリップも今年で6回目を迎える。
年齢を重ねるたびに 冬の寒さが体にこたえるようになってきた。
私も今年で56歳 熊地蔵は49歳とか言っていた。
いつまで敬老会サーフトリップが続けられるか とふと考えた。
そうだな〜何とか体力を維持して 60歳まで頑張ろう。

今回は昨年に続き 富山・石川を目指した。
敬老会ツアーは波を狙って旅立つと言うより 日程を6月の梅雨入り前あたりに決定する。
この時期に波があったらいいな〜くらいの大ざっぱな計画。
しかし偶然にも完全に波をはずしたことはなく 毎年 ローカルの皆さんのおかげで 何とか波にありつけている。
ありがたいことである。

今年は新しく鈴木先生が参加してくれた。
先生は以前 学校の先生をしていて今は転職をしたけどドアーズ内では「先生」と言うニックネームのままになっている ニセモノ先生である。
今回のメンバーで唯一の30代である。
そしてもう一人 自分の車で岐阜県から合流した井戸さん。
今回のメンバーの中で2番目に若いが 大将が「井戸ちゃんは何か先輩のような落ち着きがあるね〜」と言うくらい 貫禄ある風貌だ。
以前行ったメキシコにこんな感じの人がたくさんいたことを思い出した。
「井戸さん」と言うより「アントニオ イドジー」
*アントニオ猪木からのー・・・
熊地蔵より3歳 私より10歳年下である。
プロ野球なら完全ドラフト1位の大型新人を 敬老会トリップ会が獲得した。
今回はこの4人で能登半島縦断のサーフトリップである。

11月30日 夕方出発して富山の高岡駅前ホテル αー1で宿泊。
昨年もこのホテルを利用した。
そして私は昨年同様2年連続でこのホテルの用意する スロットルロトで1等が当たり¥5000円の宿泊券をゲットした。
熊地蔵は2年連続でのど飴をもらった。
私は「今年も当たり年だなー」と笑い 大将は「何か腑に落ちない」と3日間気分が悪そうだった。

そして 数日後 ドアーズの入り口にトラックが突っ込んだことを 現時点では知る由もなく 本当の意味で 「当たり年」となった。

12月1日 今年一番の大寒波
日本海は ほぼ全部で クローズアウト予想。
高岡から車を飛ばして能登の先端 珠洲岬まで行っていい波に乗ることが出来た。
富山と言ったら みっちゃんとかずちゃん。
みっちゃんのナビがあったから能登の先端でいい波に乗れたことは言うまでもない。
3年前に初めて出会い 天使のように感じたが 天使っぷりは今も変わらない。

12月2日 夜のセッション バトルロイヤル 戦場のリング
みっちゃんの友達サーファーが店長を務める居酒屋へ行き 酒やビールをガンガン飲んだ。
みっちゃんと大将が生ビールをどんどんオーダー。
それに負けじと イドジーも飲む。
「普段なかなか飲むむことが出来ないよ」と友達店長が 立山の濁り酒を出してくる。
「一杯ください〜」
「この時期が 一番おいしいですよ〜」
「寒ブリのステーキ マイウー」
そのたびに大将の 武藤(プロレスアー)のポーズが炸裂。
ろれつが回らなくなった アントニオ イドジーも話のリングに上り ワイワイ ガヤガヤのツーツー レロレロ。
ムトー・アントニオ・ミッチャンが少しオーバードリンクペースで富山の居酒屋は 無制限1本勝負の戦場となった。
一番最初にムトー熊地蔵がおちた。
そして 富山高岡の夜が更けていった。

12月3日 最終日 岩瀬浜
便意の王様 ベンEキングは今年もトイレへ
昨晩あんなに飲んだのに みんなシャキッと起きてポイントに向かった。
岩瀬浜には昨年結婚した富山のローカル 三国君も駆けつけてくれ 久しぶりの再会をはたした。
みっちゃん かずちゃん ありがとうねー!。
今年も 波にありつけました。
敬老会は雪の積もる北陸自動車道を帰って行った。
 
PS
珠洲岬のポイントでは てっちゃんや小林君と言うローカルに逢い 以前2度ほどここに来ている大輔は すでに友達らしく「大ちゃんは今カリフォルニアですね。フェイスブック見ましたよー」とみんなフレンドリーに ドアーズ敬老会を向かいいれてくれました。
珠洲のローカルの皆さん ありがとうございました。
 
  


日本海トリップ
2014/12/16
宿泊券
富山のかずちゃんと敬老会サーフトリップメンバー
新メンバーの「先生」も敬老会トリップ参加

日本海トリップ
2014/12/16
富山のみっちゃん
能登半島
珠洲の波

日本海トリップ
2014/12/16
岐阜の井戸さん
セサミの大将
富山の名酒 立山とローカル店長の辻ちゃん

第19回 DOORS-CUP
2014/11/12

11月9日ドアーズカップが開催されました。
スーパースペシャルクラス優勝は 杉浦大輔。
とまあ この結果に「出来レースだな」と思う人もいると思います。
実は19回の歴史の中で優勝するのは大輔にとって初めてなんです。
ドアーズカップはそれだけ勝てない。

場所は久美原ポイント。
サイズ 腹〜胸。
天気は 何で・・どうして・・と言いたくなる お決まりの雨。
去年も その前の年も雨。
しかし 今年の波はかなりいい。

朝は大潮の満潮で水が多く崩れにくい。
約1時間のウエイティングの末 オープンクラスからスタート。
朝のオープンクラスR1は波が崩れにくく 乗ったもの勝ちのようなゲームになってしまい 本当に申し訳なく思った。

今年の大会を見て驚いたのは ドアーズのメンバーのサーフィンレベルが すごく上がっていたこと。
そして大会の準備を たくさんのドアメンが進んでテント張りから 机 椅子の運搬など手伝ってくれました。
ただ大会に出て終わりというのでなく こういうことって大切だな ありがたいなと思いました。

そして今年 三重県から 川瀬ニイナちゃん ココナちゃん姉妹。
富山県から みっちゃん。
湘南から トミー。
県外から参加してくれました。

皆さんの協力のおかげで毎年 毎年 よりいい大会が開催でき 来年の20周年記念大会も いろんな人が参加してくれる記念大会にしたいです。

ファミリーコンテストは チーム員同士の戦いではなく「僕はこれだけうまくなりましたよ」と表現する 文化祭みたいなものだと思います。

最後に天気が悪い中 大会の進行のお手伝いをしてくれた皆さん 一日ジャッジをしてくれた 3D 斉藤さん サイバー 内田さん ランティー 今西さん お疲れ様でした。
ありがとうございました。   

 

夏の思い出
2014/09/30
ひるがの高原
岐阜 ハイウェイオアシス

2014我が家の夏
2014/09/29
6月の終わり 今年もマリーが帰ってきた。
ロスから日本への飛行機をデルタがひとまわり小さくしたせいで 私も3月にシアトル経由で帰ってきたように 麻里衣一家もテキサス経由で帰ってきて 最初の一言は「日本に帰るのに2日かかったわー」だった。

孫の花は今年 近くの小学校に約1か月の体験入学。
英語はペラペラ 日本語は苦手のはずだが 何とか日本の教育についていっていた。
アメリカにいる時から麻里衣が日本語や算数を教えていたからだと思う。
しかし 弟のギャレットは英語色が強くなかなか日本語が覚わらない。
それが日本に来て一か月が過ぎたころから 徐々に日本語を話すようになり 初めは[MAMA]と甘えてたが 一か月後には[OKAASAN]に変わって行った。

8月の始めにJPSA田原プロがあった。
麻里衣ははじめ出場には消極的であった。
「以前大会を回っていた頃とはメンバーも変わり 若い子達ががんばってるから 私は今さら・・・」
みたいなことを言っていた。
しかし バッカーマリーがこの伊良湖にいて 同じタイミングで田原プロがある これは地元に恩返しする意味でも麻里衣が出場してJPSAを盛り上げるのに一役かってもいいのではないか!
少し無理やり私がプッシュした。
渋々ではあるが出場することになった。

大会は同じタイミングで台風が来て クローズアウトのロコポイントで行われ R1は1位通過 R2は3位で敗退した。
見ていた人に聞くと 結構いいサーフィンをしていたが
ちょっとポジショニングが悪かっただけと言っていた。

その日の夜 麻里衣は少し機嫌が悪く早めに寝てしまった。
「負けても失うものはないし」と笑っていた割には 彼女の心の奥にあるコンペティターとしての意地が少し苛立たせたのかもしれない。
出場してくれてありがとうと言いたい。
3度目のカムバック 麻里衣も34歳 2児の母。
いつまでもサーフィンをエンジョイしよう。

今年の夏も家族みんなで日本を楽しんだ。
中でも一番の思い出は ひるがの高原のログハウス。
BBQをしたり 魚をつかんだりいろんな思い出を残してくれた。
そして8月の終わりにやはりテキサス経由でカリフォルニアに帰って行った。
麻里衣一家が帰ると同時に我が家の夏も終わった。




愛知支部予選
2014/05/25
5月18日(日)愛知県支部予選が行われました。

コンペティターはこの日を中心に 1年を送っている。
もちろん予選の後の全日本選手権はもっと大切なんですが まず予選通過ということです。

私は結果から言うと グランドマスタークラス 4位。
愛知県には出場枠が 1人しかないため 今年の全日本選手権には 出場できません。
私が出場しているグランドマスタークラスも あと2回で それ以降はカフナクラスになります。
この2年は努力して頑張りたいと思います。

5月19日 支部予選を終えた次の日 友人の高橋君と高柳君と3人で「浜名湖一周 鰻を食べるサイクリングツアー」に行ってきました。
アイススケートの真央ちゃんが 1年間休養をとるように 私たちも サーフ サーフ サーフだと 少し心が疲れてしまいます。
少し違うスポーツをやって リセットしたいと思いました。
そして来年の支部予選に向けて 走り出したいと思います。

私は全日本選手権に出れないのですが チームドアーズから シニアクラスで 杉谷君・曽我君 メンクラスで大輔と 今年も3人の代表が出場します。
おめでとう!!!
本選で大暴れしてきてほしいと思います。
  

2014カリフォルニア
2014/03/23
*ありがとう ケイティーさん

*シアトル空港

*今年も楽しんだ オーシャンサイド

カリフォルニア後編(ソルトレイクシティー〜シアトル〜羽田)
2014/03/23
スティーブが言い出した。
「マスターどうせなら帰りにカウアイ島に寄って ホノルルから帰ればいいじゃん」
麻里衣も私も「えーっ?」
・・・それもいいかな と思った。
でも すったもんだのあげく カウアイ島は断念した。
結局 行きたかったのはスティーブで 彼はひとりで行くことにした。
その後 麻里衣は少し不機嫌だった。

スティーブのいなくなったバッカー家は 確かに一気に麻里衣の負担が増えた。
食事 洗濯 花ちゃんのお迎え その合間を見て 私をビーチに連れて行ってくれた。
ソルトクリークやリビエラ ティーストリートなど 近いポイントに私を降ろして 2時間後 迎えにきてもらった。
スティーブがいなくなってから サーフィンはいつも一人になった。

約3週間のカリフォルニア滞在も あと2日となったころ麻里衣が言った。
帰国を予定していた土曜日は 飛行機の座席に空きが無く1日遅れて日曜日に帰るほうがいいよ。
日曜日 夕方6:00のフライト

麻里衣 「お父さん 最後の1日だね 最後はどこでサーフィンする?」
私 「そうだなー サンクレメンテもサイズが小さくなったから オーシャンサイドに行きたいなーあそこならまだ 頭くらいのサイズが残っているんじゃないか?」

カリフォルニアに着いて最初のころは サイズ頭だと「結構でかいなー」と言ってた自分が 3週間いてカリフォルニアにも波のサイズにも慣れて 帰るころには「リビエラは胸くらいだからちょっと小さいなー」なんて言うようになった。
慣れるって 恐ろしいですね。

お昼にサーフィンを切り上げて ロスアンジェルスの空港に向かった。
孫の花とギャレットとハグをして 最後に麻里衣ともハグをして「スティーブはカウアイでいないけど お前もがんばってな」と言って別れた。
座席が25席空いているのと スーツケースが預けられ
飛行機に積まれたのを確認をして 麻里衣はサンクレメンテに帰って行った。
あとは最後にチケットを受け取って 飛行機に乗って 10時間もすれば日本に着く。
財布の中にはまだ200ドルくらい残っていたので 何か買おうかなと見ていたが 欲しいものが無かった。

フライト1時間前 羽田行のゲートの前で待った。
係りの日系の人が何か英語で言った。
私と同じように格安チケットを待つ15人ほどの人の中で 英語のわかる人が「えー!」っと反応した。
その後 日本語で言った。
「座席は空いているのですが 荷物が多く最大重量に達したので みなさんにお譲りするチケットはございません とっととスーツケースを持って帰ってください。そしてまた明日。」
コーンポタージュで顔を洗って出直してこいとばかりの事を言った。
私たちが搭乗を断られた後 一番最後に お笑い芸人のロッチの中岡が(髪の毛もじゃもじゃの方)「遅れてすいませーん 私は全額払ってますよー」って感じで入って行った。
ちょっとムカついた。
頭の中が真っ白になるってこういう事?
麻里衣はサンクレメンテに帰ってしまった。
飛行機には乗れない。
携帯もない。
ここはロスアンジェルス。
どうしたらいいかわからなかった。
そうだ まず 携帯を借りて 麻里衣と連絡を取らないと。
そうしたら 近くに私より10歳くらい上の人が 同じように家族と連絡を取っていた。
「すいません ちょっと携帯を貸してもらえませか?」
「どうぞ」って気前よく貸してくれた。
麻里衣に連絡がついて 彼女は空港まで2往復するハメになってしまった。
スーツケースを受け取るのにその後 1時間半くらいかかり 少し気持ちの落ち着いた私は そのおばさんと世間話をしていた。
彼女の名前は ケイティーさん。
ケイティーさんは日本人だけどアメリカ人と結婚して ハンティントンビーチで暮らしているらしい。
80歳を過ぎたお母さんが日本に一人でいるので 年に3回くらい日本に帰っているようだ。
「ケイティーさん 明日はどうしますか?」と聞いたら「明日も明後日も空席が無く 乗れる可能性が無いから 私は明日国内線でソルトレイクシティーで乗り換え シアトルまで行って シアトルから羽田便に乗って行くわ」と言った。
私はそんな行き方あるのかと 初めて聞く行き方に頭を巡らせていた。
シアトルって あのスターバックスコーヒーの?
あのイチローのシアトルマリナーズの?
そのくらいしか浮かばなかった。
ソルトレイクシティーは昔 冬季オリンピックで聞いたことがある。
アメリカ人ならともかく その行き方は俺には無理だと思った。
ケイティーさんとの別れ際に とりあえず聞いてみた。
「すいません 見ず知らずの私ですが もし私がシアトルに行くと言ったら 連れて行ってくれますか?」
そしたら以外にも いいですよと言ってくれた。
麻里衣の携帯番号とケイティーさんの番号を交換して別れた。

麻里衣の家に帰って そのシアトル経由羽田行の話を麻里衣に言った。
パソコンで空席状況を見たら 選択の余地はなかった。
残る席は1席だけ。
「どうする お父さん」
「俺は自信がないなー」
「ケイティーさんが 連れてってくれるでしょう」
「買うしかない」
あとはケイティーさん頼み。

次の日の朝 いつもより早く目が覚めた。
仮にシアトルまで行っても 絶対に乗れるとは限らない。急に不安になってきた。
もし乗れなかったら 俺はどうすればいい?
シアトルで1泊?
ロスに戻る?
チケットはどうやって買う?

麻里衣とギャレットと一緒にジョンウエイン空港でケイティーさんに逢った。
麻里衣は「うちのお父さんをお願いします」と頼んでくれた。
鉛筆のような4人掛けの小さなジェット機は ソルトレイクシティーの上空ですごく揺れて怖かった。
マレーシアの飛行機が行方不明になっているのを知っていたので 余計に怖かった。
飛行機が遅れて 乗り換えで2時間あった予定が30分に減り 急いで走ってシアトル行に飛び乗った。
ケイティーさんは要所要所で待っててくれて こっちこっちと手招きをしてくれた。
英語のわからない私一人では 絶対無理だったなと思った。
シアトルに着いてケイティーさんが飛行機のチケットの売れ行き状態を見て「SUGIURAさん 私たち羽田行に乗れるわよ 日本に帰れるわよ」と教えてくれた。
私もうれしくなって ケイティーさんとハグして喜んだ。
楽しいカリフォルニア旅行の最後は とんでもないことになったが 今となってはいい経験をした。
初対面のケイティーさんは私にとって 天使のようだった。
ありがとう お世話になりました。


 

   

  

カリフォルニア日記
2014/03/13
「2014 孫のギャレットに鯉のぼりを持って行く」
2月27日 夜の羽田空港、深夜1:00出発。夜の羽田は少し閑散としていて、なんだか沢木耕太郎の深夜特急の主人公になった気分だった。久しぶりのデルタ航空の機内で私がはじめに話した英語「What is this?」がみごとに通じず、キャビンアテンダントがしかとして通り過ぎて行った。すっかり英語の自信がなくなった。
LAの空港に2年ぶりに降り立ち、去年は待ち合わせ場所をお互いに間違え夜の空港に2時間くらい待たされたのを思い出していた。今年も1時間待たされた。マリーが言うにはもうすぐ空港と言うところで前の車が事故ったらしい。理由はともあれLA空港で2年続けて待たされてしまった。LA空港には少し慣れてきたものの、1時間を越えるとさすがに心細くなった。久しぶりの娘との再会、久しぶりのカリフォルニアで最初に連れて行かれたのが日本のラーメンだった。全然食べたくなかった。ただマリーが食べたかっただけだった。まあいつもこんな感じだ。
「児玉くんがいた」
私がバッカー家に着いたとき、名古屋のサーフショップCarlsのオーナーの児玉くんがすでに来ていた。彼はカリフォルニアが大好きで聞けば26回目だそうだ。30年ほど前からお互いの存在は知っていながら一緒にサーフィンしたという記憶がない。彼もそう言っていた。それが不思議なものでこんなサーフィン人生の晩年になって、彼の借りたレンタカーに2人で乗って、彼が奥さんから借りてきたドリカムを聞きながらポイントに向かうことになるとは「不思議ですね〜」、とお互いに言って笑った。長年サーフィンしていてよかった。2日間くらい一緒にサーフィンを楽しんだ。そして彼が帰る前の日の夜マリーがケーキを用意して別れを惜しんだ。すると彼がスッといなくなったと思ったらマリーにお礼に花束を買って持ってきてくれた。粋ですね。だから彼はたくさんの名古屋のサーファーから慕われているんだなーと分かったような気がした。ナイスガイだ。
「知多消防の玉置くんが来た」
小さい玉の児玉くんが帰り、玉おっきい(玉置)くんがやってきた。私流のシャレです。彼はカリフォルニア2回目のリピーターである。彼は1週間で色々なタイプの波に乗りまくり、満足して帰って行った。200m乗れるトパンガからスカッポレのソルトクリークにトラッセルズ、オーシャンサイドもパワーがあった。一番伊良湖に似ていて私が好きだったのがリビエラだった。海から上がって家に帰ると玉置くんが「マスター」と呼ぶ。「何?」と言うと「ウエット洗っときましたよ」という。私は「玉ちゃんありがとう」という。次の日も「マスター」「何?」「ウエット洗っときました」「あっ、ありがとう」このやりとりは1週間続いた。一度だけ「玉ちゃん」「何ですか?」「ウエット洗っといたよ」と言い返して笑った。


P.S. ロスからさらに北へ行ったトパンガという私がはじめて入るポイントで、日本人サーファーに「Do you speak Japanese?(日本語話せますか)もしかしてバッカーマリーのお父さん?」と聞かれたのには驚いた。私をマリーのフェイスブックで見て覚えていたそうだ。フェイスブックってすごいなー、と思い始めることにした。
「カリフォルニアに来て10日程たった」
日曜日の気温は28度と暑い。マリーの娘の花が今年一番最初のかき氷を作ってくれた。みんなでかき氷を食べながらスティーブがとんでもないことを言い出した。「マスターどうせ帰るなら帰りにカウアイ島へ寄ってから帰ろう」マリーと私で「え〜〜〜〜〜!」ってことで次回はカウアイ編。



写真
2013/11/15
*右から2番目 初代ドアーズタオル

*富山のみっちゃんと石川のゆうこりん

*熊地蔵と三国君

日本海サーフトリップ 2013
2013/11/15
・・熊地蔵と行く 富山 石川

今年で5年目を迎える 熊地蔵と私の日本海サーフトリップ。
昨年はシンタ君 一昨年は大輔と 毎年若い人をお供に連れて行ったが みなさん日程が合わないようで 今年はジジイ二人のトリップになった。
(ジジイは酒を飲むと話がくどいから 本当は少し嫌われているのかなぁ?)


・・三国君の逆襲

4・5年前 富山に行ったとき以前蒲郡の大学に行ってた 三国君にサーフガイドをお願いした。
その時はあまりのも不甲斐ないガイドで 大将が富山のダメローカルのレッテルを貼ってしまった。
そして その後出会った みっちゃん・かずちゃんが素晴らしいガイドをしてくれるので 彼の存在が日に日に薄れていくばかりだった。

11月3日 石川県柴垣ポイントで バッタリ会った。
手足が長く 背も高く 遠くで手を振る男がいた。
近づいて見れば 少し忘れかけてた あのきたないドアーズタオルを首から下げた 「Mr富山ブラック」こと三国君だった。
「イヤー 久しぶりー」
「三国君 元気だった?」
と私たち。
三国君の口から出た最初の言葉は
「富山に来てるのに連絡なしですかー?」(怒)

確かにそうである。
私たちの中で三国君の存在が かなり薄くなっていたのは事実だった。
ここから彼の逆襲が始まった。
彼は仕事が忙しく 自分はサーフィンをする時間がないにもかかわらず 仕事の合間をぬって岩瀬浜に見に来てくれた。
次の日の晩は私たちをアパートに泊めてくれた。
3人で日本酒「立山」を飲みながら お互いの近況を語った。
話を聞いて 三国君はすごく成長したなーと思った。
「最近 彼女ができたんですよ。」
と嬉しそうに 長い手足で身振り手振りで話してくれた。
4年前 あまりの汚さに驚いた あの初代ドアーズタオル。
さらにボロボロになっていたが まだ使っていますと言って見せてくれた。
彼はドアーズタオルが捨てられないんだー。
ドアーズを愛してくれているんだーと思った。
「ありがとう 三国君 次は連絡させていただきます。」
君は立派な 富山ローカルだ!!


・・BEN E KING

2日目の夜 高岡の町で みっちゃん&かずちゃんと居酒屋に行き 久しぶりー元気?とばかりに生ビールと日本酒でカンパーイ。
みっちゃんに富山の名物や名酒をオーダーしてもらい 楽しい夜を過ごした。
「明日ひょっとしたら 富山の河口がやれるかも?」
と聞いて 二人でワクワクしながら ビジネスホテルで泊まった。

次の日の朝 予想した通り富山の河口にうねりが入った。
朝 波を見ると熊地蔵は「トイレに行きたくなった」と言う。
そういえば昨日も そして最後の石川県もそうだ。
波を見ると便意をもよおす。
大将は便意の王様。
「BEN E KING だなー」と私が言った。
熊地蔵はそれどころじゃないとばかりに ニコリともせずにトイレットペーパーを持って走った。

河口の波は少しサイズ不足だったので 結局 岩瀬浜で入った。
サイズは胸くらい まあまあ楽しめた。


・・今年もありがとう

結局 みっちゃんはずっと我々につきあってくれた。
申し訳ないです。
感謝です。
今年もいい思い出ができました。
今回の波は岩瀬浜と滝ビーチで 胸くらい。
最終日4日目の石川県の波がもう少しサイズがあったら 大当たりと言えたんでしょうが サイズ腿と残念でした。
しかし 石川のポイントの地形の良さはわかりました。
もう少しサイズがあったら かなりいい波がでるんだろうなーと想像できました。
お昼で みっちゃん&かずちゃんとお別れし 紅葉が始まり赤く色づいた街路樹の中 ドアーズ号は金沢の街を走って行った。

富山 石川のみなさん ありがとうございました。
また 来年も行きまーす。






DOORS CUP 2013.10.20
2013/10/22
ドアーズカップ史上最大のBIG WAVEコンテスト・・・石碑ポイント

ドアーズの若手アップカマー達が早々と姿を消す 波乱含みの2013年のドアーズカップは始まった。
ドアーズカップと言えば 雨・風・流れ 今年も凄い雨に見舞われてしまいましたが 残念なことに私たちはこの悪条件に慣れてしまっている。
幸い風が吹いてなく 最大セット「頭オーバー」と言う ドアーズカップ18年の中で最大級のBIG WAVEコンテストとなった。

最近 エアリアルやトリックと言った スケボーの様なサーフィンが主流の中 サーファーとしての真価が問われる 経験がものを言う大会でした。

そんな条件の中 最後のハイライト スーパースペシャルクラスがスタートした。
メンバーは チェストのたっちゃん キーパーのマット君 それを迎えるドアーズからは シンタと大輔。
去年の覇者 曽我君はセミファイナルで姿を消していた。
潮が満潮にむかっていた。
サイズはあるが少しブレイクしにくくなっているコンディションの中 序盤 大輔がグーフィーの波をキャッチ。
深いボトムターンからカットバックできれいなスプレーを飛ばしてリード。
残り時間3分。
大輔がポジションを右側に移動。
これが勝負を分けた。
左の奥でジッと我慢をしていた たっちゃんが最高のレフトをキャッチ。
バックサイドでオフザリップ2発 そしてカットバック 大逆転で最終のホーンが鳴った。
歴史ある第18回ドアーズカップを制したのは 全日ローカル 宮本樹「たっちゃん」だ。
おめでとう!!!

ウイメンズの優勝は 磯崎直子ことナオちゃん。
ナオちゃんも日本海や和歌山に足を運び BIG WAVEは得意。
今回の優勝 本当におめでとう!!!
その他のメンバー NSAチャンピオンゲーム出場予定のリサコちゃん ロングのえっちゃん あずさちゃん ロビンちゃん ウイメンズは最強だ。

シニアでは フォワードの三浦さんが優勝した。
私より1つ年上の56歳。
彼の素晴らしいパフォーマンスはドアーズの若い人たちに刺激を与えてくれた。
そして彼を倒さなければ 私の全日本出場は無い。
大きな目標が出来た。

毎年思うのは 大会をやるにあたって 皆さんの協力があって成り立っているなということ。
足のじん帯を伸ばして出場できなかった タクボー君。
1日中 旗を取り替えてくれた。
寒い中 1日中正確にタイムキーパーをしてくれた たまちゃん。
ジャッジをしてくれた サイバーウエットスーツと3Dサーフボードの方 選手兼任のシンタ タカアキ兄貴 曽我くんは途中ガソリンも買いに走ってくれた。
大桑君と湯場君は キーパーにお弁当を取りに行ってくれた。
集計やゼッケン係 写真を撮ってくれたり 松下君の彼女の桑原さん 山本君の奥さん りさこちゃん えっちゃん 神谷と彼女 みんなありがとう 感謝です。

シニアクラスの戦いを終えて岸に帰る時 私の横をパドルしていた 岐阜のシゲちゃんが
「あーおもしろかったなー」と言った。
この言葉が・・・
私はこの言葉が聞きたくて 18年もドアーズカップをやっているのかもしれないと ふと思った。
うれしかった。
なんか 皆で作る文化祭のようになってきたドアーズカップ。
来年もドアーズカップの名のもとに 皆で楽しんじゃいましょう。

最後に今回入賞された人 おめでとうございます。
大いに喜んでください。
そして入賞を逃した人 今回はちょっとうまくいかなかっただけで あなたたちは素晴らしいサーファーです。
来年こそ やってやりましょう。
  

nice to meet you! ネイザンフレッチャー
2013/06/18
4月1日〜12日まで今年もカリフォルニアに行ってきました。
ルーミナーに逢ったり ニューボードを試乗したり タコスを食べに行ったり 毎年のことになってきた中で 今回のトリップで一番の出来事が ネイザンフレッチャー氏と一緒にサーフィンした事。
ネイザンと言えば クリスチャンフレッチャーの弟 父はハービーフレッチャー サーフィン一家のサラブレッド。
兄 クリスチャンフレッチャーは20年も前 世界の誰もやっていなかった エアーを世界でただ1人成功させ 一人で飛びまくりだった。
しかし 世界の誰もが彼のサーフィンを認めていなかった。
父 ハービーに言わせれば「やっと世界がクリスチャンのサーフィンに追いついた」
今 若い子が夢中になってやってるエアーは 全て20年前にクリスチャン フレッチャーが作ったスタイルだ。
そんなサーフィンエリート サーフィン一家に産まれ 彼は少しプレッシャーを感じ サーフィンから少し離れていた時期もあったようだ。
が やはりサラブレッドの血がまたサーフィンに戻ってきた。
そして 去年のチョープーのビックウエーブドロップに 世界中のサーファーが度肝を抜かれた。
あのケリーでも海に入らなかったらしい。

ネイザンはとてもピュアな人だった。
私に「what your name?」と聞いてきたので「my name is Masuter」と答えた。
そして彼は「my name is Nathan」と自己紹介してくれた。
私は心の中で(チョー有名。誰でも知ってますよー)と思った。
その興奮を抑えて「nice to meet you」と言うと 手を出してくれたので握手をした。
全然 偉そうじゃなかった。
その後 一緒にビーチを歩きながら 彼の持っていた5−2のアイロン台の様なボードの話を聞いたりして海に入った。
彼はそのアイロン台の様なボードで 1mくらいのエアーをかましていた。
波は頭から 頭オーバーのトラッセルズの右奥 コットンズだった。

アンディーアイアンは二度死ぬ・・・。
これはFrowかなんかで読んだ話。
アンディーアイアンは22歳の頃 バリ島で死に掛けた。
ジャックダニエルを1本飲み干して 酔っ払って眠ってしまった。
その夜中に 突然呼吸が止まってしまったようだ。
それに気がついたのが 同じ部屋だったネイザンだった。
彼の必死の救命処置や救急隊のおかげで 九死に一生を得たアンディー。
その2週間後のUSオープンに 目の周りは落ち込み死人のような顔をして出場し優勝してしまった。
そしてその年 アンディーはそのまま世界チャンピオンとなった と言うのは有名な話だそうだ。
そしてその時 アンディーが使ったサーフボードが いろんな人の手から手へ 長い年月を経て今 DOORSの2階にひっそりと眠るようにサーフラックの上で横たわっている。
まるでアンディーが眠るように・・・。




インスパイヤー The Next
2013/03/26
3月23.24.25日と3日間続けてサーフィンした。
波は小さかったけど 4月1日からカリフォルニアに行くための いい練習になった。
一緒に行ったのは 小山君と高橋君。
高橋君の影響で自転車をやり 小山君の勧めで町民プールに行った。
そしてこれらのトレーニングで今 すごく体調がよく体重も2kg減った。
今年55歳になるのだが 明らかに進化している。
サーフィンも去年よりも上手くなった気がする・・・と思っているだけかも。
そういう がんばる55歳を見て若い人たちが影響を受けてくれたらありがたい。
やっぱり 人と人はお互いにインスパイヤーされながら成長するんだなーと思った。
僕が学ぶこともたくさんあるのだ。

最近はインターネットで少し安いからと道具を買い求める人もいるけど こういう人と人との付き合いや影響などは付いて来ない。

海で懐かしい人に逢った。
「今 いくつになったの?」と聞いたら「僕はもう39ですわー」って言った。
私に言わせれば「まだ39歳だ」
ものは考え方だ。

サーフィンを始めて30年。
「去年よりうまくなった」・・・(思っているだけかも)
そんな55歳を皆さんはどう思いますか?
まぁー何と言われようが わが道を行くんですけどね。
4月1日からカリフォルニアに影響を受けに行ってきますー。
そしてそれを若い人たちに伝えられたら嬉しいですね。

インスパイヤーThe Next

 

冬の体力作り
2013/02/26
最近 私もジョギングを始めました。
体力を維持するためです。
私がいつも走るコースに 老婆が一人で暮らしている家があり 前を通ると使い捨てマスクが4枚 洗濯して干してあった。そういえば別に捨てなくても洗えば使えるのかなー?なんて考えながら走っていると これが結構楽しい。
ジムなどのランニングマシーンには こういう楽しさは無いので どうも好きになれない。

走り出して初めの頃はすぐ疲れて あのかどを曲がって帰ろうとか 脳がいろいろネガティブな事を考え 邪魔をする。
俺は何でこの歳になって走っているのか?と考えるとやめたくなった。
そこで小さなウォークマンで音楽を聴いて走ってみた。
これがすごくいい。
曲は何でもいい。
大して深くは聞いてないけど 脳がネガティブな事を考えなくなった。
今では 5kmくらい軽く走れるようになった。
初めは 1kmでハアハア言っていた私が ウォークマン1つで 5kmを軽く走れる脳をコントロールした!!

自分のヒートの前にヘッドフォンで曲を聴いている選手がいる。
これもこの一種の 脳をコントロールしてるんだなーと思った。

最近 サーフボードを削ってないが まず 体力を維持して いつまでも若い人たちとサーフィン出来るようにと体力作りを優先させ また長い休みや時間が取れた時 新しいアイデアでNEWクレセントボードを削ってみたいと思っています。

皆さん冬ももうすぐ終わり。
伊良湖にも ウネリが入るようになります。
もう少しの辛抱です。
体力 パドル力を落とさないように がんばりましょう。

私は4月1日から10日間くらいですが 今年もカリフォルニアで練習してきます。
そこに照準を合わせてトレーニングしていきます。

新潟トリップ写真
2012/11/15
ありがとう お世話になりました。

4回目を迎えた「新潟トリップWith Kumajizo」
2012/11/15
今回で4回目を迎える 熊地蔵との日本海トリップ。
昔から「10年ひとむかし」と言いますが 4年は1/2むかしに1年足りない。
運転免許も5年更新になり 5年経つと ゾッ!とするほど顔が変わっている。
4年もすると みんな変わってくる。
私自身も 4年前は薄い髪をバックにしていたが 今は刈って丸坊主にしている。
まさに 諸行無常である。

新潟に着いて ローカルの人とサーフィンをして 夜のセッション 飲み会を開いてくれた。
これも4回目。
明日は都合が会わなくて みんなでサーフィンは出来ないかもという事で この夜でお別れである。
私達も少し新潟に詳しくなった。
しかもナビもある。
自分達で波を見つけてサーフィンをして 明日は富山に行きます。
ありがとう!藤石君 小河原君 マイちゃん また会いましょう。
私もこの出会いと別れ 4回目 もう慣れたので笑顔で別れ 夜の新潟駅を歩いていると「オレ 駄目だ〜」と熊地蔵がつぶやいた。
「やっぱり オレ 駄目だな〜こういうの」
熊地蔵の目に涙である。
仏教用語の「諸行無常」・・この世の全てのものは変化する・・この熊地蔵には当てはまらないのか。
彼の心は初めて来た新潟トリップと何ら変わっていなかった。
今回は 波は少しはずしてしまったが そんなことより 彼は新潟が好きなんだなーと思った。

今回のトリップは11日に出発して 14日までの3泊で 私達は今回 保護者としてシンタこと杉谷慎太郎君に 介護を頼んだ。
13日の夜 富山に来ていた。
昨年知り合った みっちゃん かずちゃんと一緒にサーフィンをして 一緒に飲んだ。
去年のブログで「天使」と書いたみっちゃんが 熊地蔵より早いペースで生ビールのジョッキを空けていくのには 驚かされた。

日本海で毎日飲んで 毎日サーフィンをした。
熊地蔵が石川の海を眺めながら言った。
「ドアーズ敬老会も そろそろ蒲郡にケーローかい?(帰ろうかい)」
石川の強い風にかき消されて 富山ローカルの耳に届かなかったのが せめてもの救いだった。
また来ます。
新潟 富山のローカルの皆さん お世話になりました。

ドアーズカップ
2012/10/29
10月28日 日曜日 雨
六連ポイント 右奥 サイズ・・胸

激流の流れの中 ドアーズカップ スーパースペシャルクラスのファイナルが始まった。
スーパーMC ホッシーの「もー開いた口がふさがりません!!」の名台詞が出た瞬間 江崎君のエアリアルが炸裂。
NOSHINこと安藤君のカービングカットバックがきれいにスプレーを飛ばす。
インサイドまでしつこく乗ってライディングを重ねる大輔のバーティカルリップ。
唯一のレギュラーフッターの曽我君が バックサイド2本まとめ上げた。
ジャッジ泣かせのドアーズカップファイナル。
海から上がってビーチを走る大輔 残り時間2分でも まだゲッティングアウトを続ける。
この大会 サーフィンがうまいだけじゃ勝てない。
パドル力 スタミナ それにテクニック 全てが要求される。
そして最後は このタイトルが欲しいと思う気持ちが勝敗を分けた。
ジャッジの集計は大輔と曽我君が9.75ポイントで並んだ。
同点の場合 高ポイントを持っているほうが優勝。
大輔のハイスコアーは 5.5に対し 曽我君のバックサイドのリップに6.0がついた。
0.5ポイントの僅差で 曽我君が2012年ドアーズカップを制した。
おめでとう!!感動した!!である。
流れに逆らってパドルする曽我君や ビーチを走る大輔を見て またドアーズの若い子たちが刺激を受け レベルアップして行く 後輩達にいいものをみせた。
雨 風 流れ 3つそろった これこそドアーズカップという大会でした。

この大会の運営に協力してくださった各メーカー様 ビラボン今西さん スリーディメーションの鎌田さん 斉藤さん 夏目プロ 高津プロ テントの中で働いてくれた皆さん 本当にありがとうございました。
そして この会場で合同コンテストを持ちかけてくれた フェイトサーフの早川君に感謝します。
 

2012夏
2012/09/05
4人の孫
花とギャレット
家族集合(大輔・順子結婚式)

バッカー家が来日した
2012/09/05
9月3日PM3:00 バッカー家族が帰って行った。
ハーアッとメグさんが一つ大きなため息をついた。
午前中に役場の人が「水道メーターの数字が2倍になってますが 何かあったんですか?」と聞いてきた。
「ハイ 家族が2倍に増えたんです」と答えた。

6月28日
マリーが花とギャレットと2つのスーツケースを持って 2年ぶりにやって来た。
久しぶりに我が家に帰ってきたマリーは まるで1日か2日旅行にでも行ってたかのように 手際よく そしてどこに何があるか分かってる様に 冷蔵庫を開けて麦茶を飲んだ。
今までメグさんと二人で生活をしていた空間に 存在感のある人間が3人増えた。
花はちょっとしたことで 大声で泣き ギャレットは1日中ぐずり 一晩中夜泣きした。
急に我が家はにぎやかになった。
そしてマリーが帰る2ヶ月間の間に 日記に書ききれないほどのいろいろなことがあった。

アジサイの花が咲いている頃来て もうそろそろ彼岸花が咲くという頃までいたのに まるで一瞬のようだった。
花は2ヶ月の間 幸田町の保育園に通い いろいろなことや いろいろな日本語を覚えた。
特に悪い言葉はすぐに覚え「ウンコ」という言葉を連発しては メグさんに叱られていた。
花にとって初体験がたくさんあったが 一番の初体験は人をたたくという行為。
アメリカでの花の生活の中で 人をたたいたり けったりする事はなかったそうだが 日本には1歳年下の男のいとこジェイミーがいて よくおもちゃの取り合いをしてケンカしていた。
初めの頃の花は 怒っても「それ以上やると 花ちゃんバーンでたたくよ」と警告していて 決してたたかなかった。
1ヶ月を過ぎた頃からは よく二人でたたきあってケンカしていた。
人はたたき たたかれて痛みを覚えて成長していく。
ジェイミーも花もたくましくなった。
また来年も日本に来るだろうか?
今度はギャレットとタイラー 男の子同士だからもっと激しいケンカになるだろうなーと先が思いやられる。

スティーブは大輔の結婚式の為だけに 8月25日に来た。
たった1週間だけだったが結婚式当日以外は全てサーフィンをしてた。
しかもその1週間の為だけに ドアーズにあったNEWボードを買ってサーフィンしてた。
マリーに「たった1週間だから マスターのボードを借りればいいよ」と注意されていたが それを押し切り購入して使っていた。
サーフィンに対しては妥協を許さないようだ。
少し解る気がする。
ルーミナーのNEWモデルを作るのに 3本ダメだしする これがスティーブのこだわりだと解った。

メグさんはいなくなった花のおもちゃを半日で全部片付けて 簡素でしんみりとした二人だけの生活にもどしてしまった。
もうため息をつかないように 一つ気持ちの中で区切りを付けたかったのだろう。

よし 今日はサーフィンをやめて メグさんの畑の草を刈ってやろう。  

沖縄のシーサー、リッキーに会いに。(前半)
2012/07/31
帰りの空港でのことである。
私:「リッキー、コーヒー飲む?」
リッキー:「そうだね」
私:「OK!コーヒー2つとシークァアーサージュース1つください」
店員:「合計で990円になります」
リッキー:「へーちょうど1000円ねー」
私:「・・・・・」
990円はちょうど1000円じゃないと思った。でもこれがリッキーの島人らしくおおらかな人柄が出ていて面白いと思ったのである。

7月25日 20時20分 那覇空港到着
久しぶりに降り立った沖縄はここ10年で大きく変わっている。以前、観光できたときには無かった、モノレールが空港から守礼の門まで走っているらしい。今回はセントレア空港からスカイマークの格安チケット16000円を利用してきた。(季節を選べは10000円を切ることもあるようだ)ボーイング737左右3列の6列シート。いつもアメリカへ行くより小さいけど充分だった。沖縄まで2時間のフライトさすがに機内サービスはないが、安いのだからしょうがないと思った。
沖縄は一番近くて安くいける外国って感じがした。マリーは何度も時差やコンセントがつかえるかを気にして「あ、ここ日本だった」と思い直していた。
ホテルコンチネンタルは1人1泊3000円。ソープランド街の真ん中にあって、古めかしくて、俺はこんな所で3泊も出来るか?と心配だったけど、マリーの「バリならいいホテルの部類に入るよ」との一言にそういえばそうだと思い直した。このホテルは最後まで何の問題も無かった。
26日
沖縄のスーサイド側のシークレットでサーフィンをした。久しぶりに会うリッキーの奥さん里奈ちゃん。初めて見るリッキーの子供は双子のリキトくんとリコちゃん。それとマリーの子供の花。3人の子供達は初めは恥ずかしがって借りてきた猫のようになっていたが30分もすれば大騒ぎ。
沖縄のサーフィンは基本的にアウトリーフ。サーフガイドのリッキーがいなければ安全にリーフにたどりつき、Good Waveにありつくことはできない。しかし、インサイドは本当に子供達の遊び場に適していて、危険なところが無く、子供達は網を片手に一日中魚をつかんでいた。そしてリッキーが教えたのか、カメラを向けると子供達は全員こぶしを突き上げ、沖縄最高!と大声でさけんでいた。久しぶりにマリーとリッキー、私とローカルの幸喜くんとでセッションが貸切状態。少しオンショアだったけど充分サーフィンできた。沖縄は満潮時の4時間しかサーフィン出来ないけどみんなで充分楽しめた。波待ちのときリッキーが貸してくれたゴーグルで海を覗いてみたらまるで水族館だった。熱帯魚がウジャウジャいてこういう楽しみ方もあるんだなと思った。みんなで海を楽しんだ後は沖縄の古民家のようなぜんざい屋でぜんざいを食べた。夜はリッキーのスポンサー居酒屋アパラギへ行ってかんぱーい。リッキーは千葉に10年以上住んで、すっかり標準語を身につけていると勘違いしているリッキーのマシンガントークが炸裂であった。

沖縄のシーサー、リッキーに会いに(後半)
2012/07/31
27日
砂辺の方にも少しウネリが入っているみたいだったけど沖縄スーパーガイドリッキーの勧めで昨日と同じシークレットへ。海は昨日よりサイズアップしていたけど風も少し強くなっていた。それでもリッキーはさすがプロ。上手く波に乗っていた。ローカルでリッキーを兄のように慕う幸喜くんも何本もうまく波に乗っていた。そしてこの日はわざわざハードリーフのオーナーカズボーさんも北谷(チャタン)から来てくれ娘さんのアリサちゃん、千葉から移住してきた元ボディーボードグランドチャンピオンの葉子ちゃんも来て、波のクオリティーは下がったもののワイワイ、ガヤガヤ楽しかった。
最後の夜、沖縄料理のROKUさんでオリオンビールと泡盛の久米仙のシークァワーサー割りで楽しみました。ここのゴーヤーチャンプル、海ぶどう、モズクの天ぷらなどはすべて超一級品であった。せめてものお礼にマリーは5枚のサイン色紙にサインを書いた。そのうち一枚がカズボーさんの娘アリサちゃんへ書いたもの。がんばってプロになってねと付け加えた。リッキーの奥さんの里奈ちゃんが冬に来るといいよと教えてくれた。冬でもスプリングより長いのはいらないらしい。これは魅力だな〜と思った。また来たいなと思った。

28日
別れの朝がやってきた。ウルルン滞在記のようである。リッキーのお母さんが作ってくれたサーターアンダギーなどのお土産をいただいて、空港に送ってもらった。セキュリティーチェックのゲート前で子供達は別れの挨拶をしていた。大人達はさみしさをこらえていたが、里奈ちゃんが花を抱き寄せて「今度はいつ会えるのかな〜」との一言でマリーもこらえきれず泣き出して、みんなで抱き合って泣いた。涙腺が弱くなった私はあたりまえのように泣き、沖縄シーサー、リッキーの目にも光るものが。じゃあまたね。毎度のように前髪を引かれる思いを振り切ってリッキー一家と別れた。スカイマークの格安ジェット機のシートに座り、上空から沖縄を覗いた時、リッキーの息子のリキトの「沖縄最高ぉ!」の声を思い出した。

カリフォルニアウェーブ
2012/06/15
写真は左から ライトオフポイント ソルトクリーク ニューポートビーチ(クリスワード)


今回はカリフォルニアの波について触れておこう。
一言で言うと すごくいい波。
そして伊良湖の波よりパワーがある。
初めて入ったライトオフポイントで 頭くらいのいい波が来た。
スティーブも「マスターGO!」の掛け声。
パドルの体勢に入る。
テイクオフしようとした瞬間 下が無くなりテイクオフをやめるが引き込まれた。
息が苦しいが何とか海面に出た。
次の波が来る。
岸を見ると岩が5メートルくらいにせまっている。
「危ない!」
こんな感じで始まった 今回のスティーブのしごき教室。
その後もソルトクリークはいつ行っても チュービーな波。
気を抜いたテイクオフは出来ない。
皆さんも是非カリフォルニアに行ってください。
世界で一番いい波とは言いませんが 我々日本人が がんばれば何とかなる波がたくさんあります。
今回初めてドアーズから カリフォルニアトリップに参加した 玉ちゃんこと玉置謙吾君のソルトクリークでの話。
「5回テイクオフして 3回パーリング でも2回チューブに入れました」と興奮気味に話してくれたことを思い出した。
まさにこれです。
これがカリフォルニアの波です。
私達 伊良湖サーファーが がんばれば時々いい思いが出来るところです。
マリイの家からトラッセルズまで車で20分くらい。
スティーブのサーフガイドも的確です。
ドアーズのお客さんにはガイド料も安くなります。
是非 行きましょう。
私はこれから毎年行きます。
そのために今年から毎月¥10000のカリフォルニア貯金 始めました。
水温は少し低いですが それに勝る文化もあり 今はカリフォルニアにはまっています。
愛知に帰ってからもスティーブがお土産にくれたCD ドンヘンリーやホール&オーツなんかを聞きながら 海に向かっています。

今回で カリフォルニアレポートは終了します。また来年。  

カリフォルニア日記
2012/05/08
フィンの中の嫌われ者

今回は フィンの中の嫌われ者「5番目のフィン」について。
何で嫌われているかと言うと 5本もつければ重くなり 5本つけるくらいなら3本でいいじゃないの?と言うデメリットがある。
最近よく目にする ファイブプラグのフィンシステムも「5本セットすることは無く クワッドでもトライでも どちらでも替えられますよ」って言うのが売りになっている。
と言う事で フィンの中の嫌われ者(NO.5)5番目のフィンと言われている。

しかし昨年 ケリーが小さな5番目のフィン「ナブスター」を使用して ニューヨークで優勝してから がぜん注目を浴び あくる日に100本オーダーがあったとか?
スティーブは2年ほど前から ナブスターの存在を知っていたらしい。
作った人も知っていて オーシャンサイドの友達だそうだ。
しかし全然人気が無かった。
それが ケリーが使うと 一晩で人気商品になった。
ケリーはすごいナーと思う。
嫌われ者を 人気者にしてしまった。
5番目のフィンに命を吹き込んでしまった。

皆さんもこの「ナブスター」別名「ギターのピック」を使ってみては?
けっこうおもしろいですよ。

乳のドライブスルー
2012/05/06
マリーとスティーブは二人の子供を一生懸命育てている。
スティーブもよくそれに協力している。
週に一度 マリイはすし屋でアルバイトをしている。
夕方4:00〜10:00まで帰ってこない。
その間 男が一人で二人の子供を見るのは大変である。
花はいいとしても 9ヶ月のギャレットは一日中グズグズ言ってる子なので大変である。
スティーブが考えた方法で もしマリイの仕事が少し暇なら 7:00ころ電話してすし屋の駐車場の車の中で 10分くらい母乳を与えてもらう。
それが出来るときはギャレットはすんなり寝てくれる。
この 乳のドライブスルーが使えないときは スティーブは大変である。
私が行ってる時も マリイのすし屋は忙しく 乳のドライブスルーが使えなかった。
スティーブはかなり手こずっていたが 何とか寝かしつけていた。
二人で協力してがんばっているんだなーと少し安心した。
あともう少しだ。
ギャレットがもう少し大きくなれば 楽になるはずです。
がんばれスティーブ! がんばれマリイ!

カリフォルニア
2012/05/02
「タコチューズデイ」
・・日本なら ユーストアー火曜特売みたいな・・
アメリカで火曜日の夜は タコチューズデイと言って メキシコ人の習慣なのか(?)タコスが安く食べられる日があるらしい。
サンクレメンテ市内のタコスレストランに家族で行って マルガリータというテキーラベースのカクテルで 一杯やるってのがこの辺りの習慣である。
タコスには チキン ビーフ ポークの3種類があってとても美味しかった。
そして 僕が好きなのはタコスが来る前にサルサソースをトルティーヤチップスに付けて食べるサービスが好きだ。
皆さんも機会があったら 本場のタコスを食べてみてください。

こいつらアホやでー
2012/05/01
4月8日から私の勤める会社が大幅に施設を改善するらしく 3週間お休みになった。
こんなことはめったに無いとばかりに 急遽マリイの住むカリフォルニアに行くことにした。
結局 17日間のロングステイになった。

こいつらアホやでー =NEWモデル レイダー=

写真のルーミナーとスティーブ 暇があればサーフィンの話。
ほぼ毎日 時間があれば工場に行く。
時間が無くても 毎日電話。
用が無くても工場に行く まるで付き合ってる彼女と彼氏。
スティーブはいつもスピーカーにして携帯で話す。
「それはイイね」はCool。
この クールが何度も出てくる。
だいたい電話はこんな感じ。
Hey ルーミナー Whats up?(調子はどうだ?)から始まって あとほとんどの英語は聞き取れないが 時々聞こえるのは Oh Cool! Yes Cool! Ok Cool!
じゃーなクークーバイ。
最後はクルクルパーって言ってるみたいだったが これで話は成立している。
スティーブが39歳 ルーミナーは42歳くらい。
40歳くらいになって サーフ・サーフ・サーフで熱い。 
僕もそこそこサーフバカだけど こいつらアホやでー。
ここに右腕に長袖を着たようなタトゥーのイタリア系のアンジェロも加わって サーフバカがウジャウジャまた増えた。
「類は友を呼ぶ」スティーブの周りにそんな奴らがいっぱいいる。
夜の10時半過ぎに「Hey スティーブ デッキパット持ってないか〜?」なんて電話がかかる。
「今から取りに行くよ」もう40歳 それ明日でいいだろ。

ルーミナーサーフボードのNEWモデル
「レイダー」(特攻隊・奇襲攻撃をしかけるの意味)を二人で毎日話す・考える・作る・トライ。
そこにティミーも加わり「お前ら何か楽しそうなことしてるなーどういうボードが作りたいんだ?じゃーこの辺をこうしてみたら?」と話に加わってくる。
また一人 サーフバカが加わり「もう3本失敗したー」と言い毎日を送っている。
いつ完成するのやら・・・この男達はこれを楽しんでいるようにも見える。
NEWモデルはいつ完成するやら 気長に待ちましょう。
レイダーの完成を。






 

エリオット ソーバーン
2012/04/02
今回は エリオットを紹介します。
エリオットといえば 毎年 ドアーズのTシャツをデザインしてくれる イギリス人デザイナー。
また 今回も登場する次女のエリーの夫 ロブさんの親友である。
ドアーズは世界中の友達の輪で成り立っている。

昔 こんな10回クイズを作った。
エリオット・エリオット・エリオットと10回言ってみて・・・
では エリーの夫は?
誰もひっかからなかった。
が 唯一 エリー本人があやうく エリオットと言いそうになったことを思い出した。
 
このエリオットのホームページがあって 他のデザインを見ることが出来る。
すごいのは ロンドン市内の案内ブックや ナイキのコマーシャルを手がけたり かなりいい仕事をしている。
ホームページの最後に ドアーズのTシャツのデザインも 3枚載っている。
暇な人は一度のぞいてやってください。

http://www.peepshow.org.uk/illustration.php#ElliotThoburn

エリオットは天才肌である。
Tシャツをドアーズカップの景品だと思うと シャツの扱いも雑になるけど そんな有名デザイナーのデザインだと思えば 自慢にもなり大切にもしたくなる。
自信をもって着てください。
そして今年のデザインも期待しましょう。

4人目の孫 タイラー・ケニー・ロウ
2012/02/17
2月7日 私にとって4番目の孫が産まれました。
麻里衣の双子の妹 絵里衣の二人目の出産である。
毎回のように
「名前はどうする?」
「俺が考えてやる」
・・・却下・・・
の繰り返しである。
父親のロブさんは本名が ロバート ジェームス ロウ。
あの ジュード ロウと同じ ロウさんである。
例えば・・・
名前を「ケンシ」と付ければ「ケンシ ロウ」
名前を「ヒカエオ」と付ければ「ヒカエオ ロウ」
水戸黄門だ この紋所が目に入らぬかー! となる。
「おい 絵里衣 これはどうだー」
名前を「ジャック」
ミドルネームを「スパ」
苗字は「ロウ」 「ジャックスパロウ」
いいぞー強そうだなー。
絵里衣は「海賊かよー却下ー」
ロブさんは困惑したような顔をして笑っていた。
(日本に来て6年たつけど お前のお父さんのジョークだけには 未だに馴染めんなー)と言ってるかもしれない。
His Joke Is Very Cold!

二人の間ではもうすでに名前は決まっていたらしく
日本語では ロウ 泰良(タイラ)
英語では TAYLER KENNY LOW
外人が発音すると テイラーとも聞こえる。
私の好きな あの テイラー ノックスと同じで いい名前が付きました。
「無視してよかった オヤジの意見」である。

インフルエンザにかかる。
泰良(タイラ)が産まれて10日ほど過ぎたのに まだ逢ってない。
12日から私は自身初めてのインフルエンザに罹ってしまった。
医者にこの薬を5日間飲めと 自信満々に出されたのが 例のタミフルと言う薬でした。
子供達が幻覚を見て マンションから飛び降りたとニュースになった あの悪名高く そしてよく効くと言う 賛否両論。
最高の薬だ!最悪だ!訴えてやる!!
NPO団体「危ないぞ その薬はもう一度よく調べろ」
国「こんなにたくさん仕入れたのに 今更変な噂を流すなー とりあえず片っ端から日本人に飲ましちまえー」
と言う あのタミフルである。

タミフルを使用して 2日目の昼に夢を見た。
いつもの伊良湖 先端ポイントでサーフィンをしている夢。
私は友達と話しながらパドルアウト。
ミドル付近でパドルをやめて ウェイティングに入った。
友達の「アウトセット気をつけろ」の声で 私もアウトを見たら ものすごいジャイアントウェーブ。
映画「地球の最後」に使われるようなお化け波が 夢というより幻覚に近いリアルで 3Dで怖かった。
リップが落ちてくるー!もう死ぬー!
宮川大輔風に「アカーン」である。
その時 夢からさめた。
これかもしれない 子供達が見た幻覚。
恐ろしかった。

とは言うものの この薬だけが頼り。
与えられた10錠のうち8錠飲んだ。
もう少しで家庭内隔離から開放される。
大変な目にあっている。
インフルエンザ 恐るべし。

熱 咳 頭痛 たん 大量の鼻水でティッシュを一晩で一箱使ってしまう。
メグさんが スギ薬局で他より10円安いと言って 並んで買ったネピア。
5箱でひとくくり 320枚160組。
鼻をかむのに1回3組引き抜く計算だと53回かんで1組残る。
1晩8時間寝るとしたら 1時間に7回くらい。
10分に1回 鼻をかんでる計算になる。
本当に寝てたのか わからんな。
インテル入ってる?
インフルかかってる?
インフル タミフル どこフルね〜ん。

どれも 今イチですね。

たった4日間で3kg体重が減った。
6日目なのにコーヒーは味覚も臭覚もない。
どぶ川の水をすくって 温めて飲んでる感じです。
わかりました インフルさん もう勘弁してください
 なんでもします 許してくだサーイ。

あと2〜3日の辛抱です。
皆さんも気をつけてください。
3月になれば伊良湖にも新しいウネリがくるはず。
私も早く「インフルEND」にしたいものです。

今年一年を振り返って
2011/12/31
東日本大震災 今年は何と言ってもこの震災に尽きると思います。
そして 福島第一原発の事故。
亡くなられた方が15000人 いまだに行方不明の方が3500人もいるそうです。
私自身も3月11日以降 海に行く気がしなかった。
風評被害もあり この地域でも夏くらいまで放射能の影響があるのではと 海に入るのをやめた人も多いようです。
実際 東北から離れている蒲郡でも 西浦海水浴は人が集まらず ラグーナウエーブプールは例年の3割増しだったそうです。
今年のドアーズは サーフィンを始めようとかスクールを受ける人が春先はほとんどいなかった。
そして徐々に海に活気が戻り始め 10月のドアーズカップ 12月の忘年会と皆さんのおかげで大変盛り上がりました。
ありがとうございました。

今回発表になった トヨタのアクアと言うハイブリット車は 東北を中心に作られるらしく 震災後の東北の雇用と活性に力を入れているそうです。
少しづつですが日本が元に戻っていくようで 心強い気がします。

私の今年1年は 3人目の孫が産まれ 年明け2月には4人目の孫が産まれます。
皆さんの家庭にもそれぞれのドラマがあると思います。
是非 海の帰りにドアーズに寄って「最近こんなことがあったよ」なんて 近況を知らせてください。
ただ商品を売るだけのショップではなく もっともっとアットホームなサーフショップを目指して行きたいと思っています。

今年も1年 ありがとうございました。
そして 2012年もがんばってパドリングしましょう。

恒例の日本海トリップ
2011/11/17
・・・二桁 最後の思い出のサーフトリップ・・・
ドアーズ敬老会メンバー「日本海と酒をこよなく愛す」熊地蔵ことセサミの大将46歳と私ことマスター53歳 二人合わせて99歳 二桁最後の年寄りツアー。
ジジイ二人じゃ危なっかしいと 今年は保護者として 大輔が加わった。

10月13日
18:00  愛知を出発ー!!
18:10  私が汚い仕事用の靴を履いて来ちゃったので「ごめん 戻って」と言って 家に戻る。
18:15  愛知を再出発 Let’s GO!!
18:30  私が「携帯を忘れた ごめん 戻って」
18:45  愛知を再々出発!!
先の思いやられる敬老会独特のゆったりした出発である。

11月14日
朝 毎年お世話になっている オガちゃんに新潟の白○ポイントでおちあい 4人で波チェックしながら○湊ポイントでサーフィンをした。
ここは波質が昔の港ポイント(今は堤防によって消滅)に似たブレイクで とても懐かしかった。
Good Wave
昼食に新潟で最も有名な 寺泊り商店街を歩き 海の幸を食べた。
新潟ローカルのオガちゃん 不思議にもここを歩くの初めてらしい。え〜っ?
夜は今回仕事の都合で一緒にサーフィン出来なかった藤石君とイーズサーフヤングメンバーのオガちゃんとタケちゃん マイちゃん サオリちゃんと皆で楽しく高級魚のノドクロの刺身をつまみに美味しいお酒 熊地蔵も満足。

11月15日
昨日と同じO湊ポイントでサーフィン。
サイズは胸肩。
昨日より少し風が入って来たけど 波はGood。
夜 オガちゃんとタケちゃんと別れ富山に着いた。
3人でモツ鍋屋に行ってビールと銘酒「立山」を飲んだ。
「美味い!!」と言って大将がプロレスラー武藤敬司のファイティングポーズをとった。

11月16日 最終日
今年もうまい具合に冬型が強まり 富山に来た。
岩○浜はトロ早い 胸肩。
常○寺川と上市○とチェックしたが どこも早く松○枝浜まで来てしまったが ここもパッとしない。
途方にくれていた時 偶然 大将が話しかけたカズちゃんとミッちゃんが「私達 今から石川県に行きます」と言ったので「僕たちも後からついて行っていいですか?」ってことで ドアーズ号は初の能登半島横断である。
滝に到着。
目に飛び込んできたのは 素晴らしいロケーションとグッドウエーブ。
3人の心に火がついた。
大輔はもうすでにパドルアウト。
大将も肩からモーラステープを剥がした。
急にカズちゃん ミッちゃんが天使に見えてきた。

ドアーズ敬老会 来年は二人合わせて100歳。
若い人の世話になりながら 来年もドアーズ号は新潟 富山 石川(去年は福井)と日本海側を走ります。
お世話になった皆さん ありがとうございます。
今年もいいトリップになりました。
そして 熊地蔵にも感謝しています。

PS
新潟ローカル 藤石君 オガちゃん タケちゃん 来年の全日本大会は三重県です。
是非 愛知に来てください。
富山の ミッちゃん カズちゃん 夏になったら 伊良湖に来てね。

よく「私は若い者の世話にはならん」と言う老人がいますが 私はここに声高く宣言します。
「私は若い者の世話になりま〜す!!」
「皆さんのお世話になりま〜す!!」

写真は銘酒「越乃寒梅」と「久保田」藤石君 ありがとう。

カリフォルニアへ孫に逢いに行った
2011/09/23
3人目の孫 ギャレットに逢いにアメリカへ 成田から久しぶりに飛行機の乗った。
4人掛けの左から2番目 日本人CAの英語が本当に聞き取りにくく 容赦なくネイティブな発音でしゃべってくる。
飛行機に乗って最初の難関は 例の「ビーフ?チキン?」ディナーの注文である。
私は何とか二つのうち一つが「ビーフ」と聞き取れたので 自信満々に「ビーフ!!」と言ってやった。
これで第一関門突破と思ったら「もしそれが無かったらドースル?」とブラックマヨネーズのネタのように聞いてきた。
お手上げである。
3回ほど「はっ?」を繰り返して困っていると 隣の初老の男性が 通訳して助けてくれた。
この最初の出来事で 私は隣の男性に頭が上がらなくなった。
片道11時間 私は英語のしゃべれない厄介な人になってしまった。

ロサンゼルスの空港に着いて 一番に税関を通ろうと思って急いだら3番目になった。
が そこはアメリカ人が並ぶ所だった。
「ビジターはあっち」と言われて並び直したら 中国人の団体の後ろになって 結局時間がかかった。
 
空港からマリイの家まで約1時間。
2ヶ月ぶりのメグさんと 1年ぶりのマリイ スティーブ 大きくなってみごとに日本語と英語を使い分けている花 初めて逢うギャレット ナオ バッカーに逢いました。
幸せそうなマリイに抱かれたギャレットは 男らしく鼻筋がとおっていた。

1時間後 日本でオーダーしておいたサーフボードをスティーブが持って来てくれた。
「エリックルーミナー」
今回 アメリカに来た2つ目の目的 ルーミナーのサーフボードのテスト。
早速それを持って時差ぼけの中 トラッセルズのローワーズにサーフィンに行った。

波はショルダー パーフェクトである。
アッパーでは40人くらい ローワーズは30人くらい。
急いで着替えてローワーズに入ると波は最高のポイントブレイクで ピークに行かないと乗れない。
おこぼれもほとんど無く 真っ暗になるまで粘ったが 結局3本しか乗れなかった。
トラッセルズは手ごわいぞ 簡単には乗れない。
しかし ルーミナーのサーフボードは テイクオフが早く 調子がよかった。
 

サンクレメンテと食事
2011/09/23
サンクレメンテはすばらしくきれいな街である。
どこをみてもきれいで絵葉書のようだ。
リビエラポイントでサーフィンをしたら イルカが6頭も私の近くを泳いでいって感動した。
イルカの息使いがシューと吸う音と パットはく音が聞こえて なんか癒される感じがしました。

食事はハンバーガーにステーキ タコス ブリトーとおいしかった。
私的にはブリトーが好きだ。
クレープのような薄い皮に アボカドやレタスやトマト 牛肉や鶏肉などを巻いて食べる。
とてもおいしいんだけど 一週間もそういうものを食べていると 味噌汁や日本食が食べたくなる。
若いころはそうでもなかったのに 50歳を過ぎた今回はそう感じた。

ハナ(花)リンダ バッカー
2011/09/23
ビッグシスター花
日本語の勉強中
花・ギャレット・マリイ

3歳半で英語と日本語を話す。
花にとって当たり前のことだとだけど 発音も特に日本人には苦手な{R}の発音がすごい。
お母さんの名前は?と聞くと 「マリイ」ではなく「MARII・・・マーウィー」みたいになる。
前回 日本に来たとき 花はシェアすることが出来なかった。
私のものは私のもの 人のものも私のもの。
それは歳とともにほんの少し変わってきたけど 負けず嫌い 一番好きは変わってない。
ジェットコースターは一番前に乗れなければ 次の順番まで待って 一番前に乗る。
歩くときも一番前を歩きたがる。
「一番が好き」 これが花の性格だとしたら それも将来楽しみの一つです。



エリック ルーミナー
2011/09/23
スティーブとシェープ工場にて。

ニューボード

エリック ルーミナーとハーレープロ
2011/09/23
エリック ルーミナーはすごい働き者で 朝5時からロストの工場で働き 昼からティミーパターソンの工場で働き 一日を終える。
そしてそんな生活を25年もやっている。
サーフボードクラフトマンだ。
シェイパーとしては有名ではないが ティミーパターソンよりうまいと言う。
スティーブの推薦で ドアーズがルーミナーのサーフボードを立ち上げます。
ドアーズにとって初めて取り扱う「MADE IN USA」ボードですので 楽しみです。

今回は トラッセルズ・リビエラ・Tストリート・ロストウインドの4箇所でサーフィンしました。
波のクゥオリティーが高いのは やっぱりトラッセルズ。
しかしピークは激戦で なかなか乗れないのも事実です。

今回はタイミングよく トラッセルズのハーレープロを見ることが出来ました。
ミックファニングやマチャド・パーコ・デスーザなど 一流のサーファーのサーフィンを生で見て やっぱりその凄さにびっくり。



親子と孫
2011/09/23
「ギャレット ナオ(直) バッカー」
ギャレットに不思議なことが起こった。
彼の手相が私と同じで 通常「百握り」と言われる横がまっすぐになっていて 手に「て」と言う字が書いてあるような手相になっていた。
それが孫のギャレットにもあるなんて 運命を感じる。
手相学的にも幸運をもたらすらしく 幸せな人生を送って欲しい。

花とスティーブ
20年前の私と大輔

ドアーズカップ
2011/07/06
6月26日のドアーズカップは コンディション不良のため 延期となりました。
練習を重ね 当日早くから集まってくれた選手の人 遠くからお手伝いのために来てくださった方々に 申し訳なく思います。
そして 参加賞のTシャツ とてもかっこよく仕上がっているので この夏に皆さんに着てもらいたかったけど 大会は10月9日に延期となりました。
場所は同じ チキンポイントです。
今度こそ やりたいです。
今回はちょっと自信が無かった人も 秋には是非エントリーしてみてください。

7月7日から マリイの第2子出産のため メグさんがカリフォルニアに出発します。
ドアーズにとっても 私にとっても 大ピンチです。
これから2ヶ月の間 ドアーズがオープンしない日が時々あるかもしれません。
早速ですが おいでんガールズカップの日は 大輔も私もジャッジの仕事を頼まれていますので 11日はクローズです。
17日も大輔が大会にエントリーしているので オープンできるかわかりません。
これからの2ヶ月間 女性の方のウエットスーツの採寸も メグさんに頼むことが出来ないので 何とか対策を考えたいと思います。
そんなこんなで チームドアーズの皆さんに ご迷惑をかけるかもしれませんが よろしくお願いします。
そしてマリイには 無事に元気な赤ちゃんを産んで欲しいと願います。

スティーブが今日 パドボに挑戦したそうです。
まだ パドボした後 1時間くらいは足が痛いそうです。
私がカリフォルニアに行く9月中旬にはもう少し治っているでしょう。

それでは皆さん 今年の夏もいい波に乗って楽しいサーフィンをしましょう。


パドボに挑戦 これも立派なサーフィンだ。
2011/06/12
伊良湖は頭くらいでオンショアの為 サーフィンはあきらめて 今日はパドボに挑戦です。
私の家から10分くらいの所に 小さな波があります。
波が小さくてサーフィンは出来ないけど パドボなら充分乗れます。
初挑戦なので 初めは漕ぐのも大変だったけど 30分もすれば徐々にコツをつかみ 転ばずに進めるようになりました。
堤防沿いの小さな波で ウエーブライディングにトライ。
初めは上手くいかなかったけど 最後は10秒ライディングを決めた。
波は小さいけど 結構楽しめた。
波の悪いときの楽しみ方 過ごし方として このパドボはお勧めです。
これも立派なサーフィンだなーと思いました。

2011 愛知支部予選を終えて
2011/05/27
5月22日 愛知支部予選が行われました。
昨年は親子で優勝し 全日本選手権に出場することが出来ました。
そして日本ランキング6位と すばらしい成績が残せました。
今年も もう一度親子で出場出来たらいいなとの思いで冬の間も練習をしてきました。
サーフボードも色々なボードを試し 完璧な体調で試合に臨んだのですが 結果は4位 惨敗に終わりました。
負けた日の夜は ちょっとショックで悔しい気持ちになりましたが この「悔しい気持ち」があるうちは大丈夫だなと思いました。
50歳を過ぎてもサーフィンを楽しんで大会に出場して 喜んだり落ち込んだり 今は少しモチベーションが下がり気味ですが 来年に向けて再始動するのも時間の問題です。
支部予選優勝の小島君にはおめでとうの言葉とともに ぜひ全日本大会で優勝を果たして欲しいです。

私は負けてしまいましたが チームドアーズから3名の代表が内定しました。
杉谷慎太郎君 曽我善伸君 杉浦大輔です。
これはチームドアーズにとっても 私にとっても とても嬉しい結果になりました。
おめでとう!!!
全日本大会でもがんばれー!!!
このお祝い会を近々行いますのでみなさんも是非 参加してください。
詳しくはドアーズのブログでお知らせします。

6月26日はドアーズカップです。
気軽な気持ちで参加してください。
私は負ける人の気持ちがよく分かります。
今回も・・・
それでも出場することをお勧めします。
負けた後には残るものがあるからです。
むしろ 勝った時より多いでしょう。
考えれば負けたときには理由があるんです。
それを探せば 次の勝ちにつながります。

先日マリイから スティーブが海に入ってパドリングを始めた とメールが来た。
嬉しかった。
スティーブも嬉しかったでしょう。
先日 同じような足の骨折をしたことがある松ちゃんに話を聞いた。
海に戻るのに8ヶ月かかったと言っていた。
スティーブは4ヶ月。
驚異的な回復力「ウエーブ・ターミネーター」だ。
松ちゃんの話によると 始めは怖くてターンが出来なかったらしい。
普通にサーフィン出来るまで3年くらいかかったそうだ。
うちのターミネーターは何年で普通になるだろう。
がんばれスティーブ。
9月にカリフォルニアに行くから 一緒にサーフィンしような。

伊良湖のゴールデンウィーク
2011/05/01
震災から49日が過ぎた。
被災地でも亡くなられた方の霊を弔う行事などが行われたと新聞で読んだ。
本当に大変な被害だった。
原発も綱渡りのような危ない日々だが 今のところ落ち着いてきてるようだ。
街の復興も急ピッチで進み 新幹線も開通し 仮設住宅が1000戸出来たと聞いた。
少しずつだが街は動き始めている。

サーフィンの世界でも 皆の気持ちは少しずつ元に戻り始めているようで 営業の人に聞くと千葉の片貝あたりではサーフィンをしてる人も増えたようだ。
それより北の作田あたりになると サーファーの数も少ないらしい。
福島のサーファーに聞いたところ 地震の地殻変動により地形が変わりサーフポイントも変わって来ているそうだ。
茨城 福島は思い出のサーフポイントが多く 大好きな所だった。
街も人も元通りの元気を取り戻したら 地元のサーファーとまた一緒にサーフィンできる日が早く来ると良いなと思います。

伊良湖のゴールデンウィークは波も良くなって来ていて この5月 6月は伊良湖のベストシーズンと言ってもいいと思います。
毎日たくさんのサーファーで賑わっています。
昨日も朝サーフィンに行ったら いつもこの時期 関西ナンバーの車が多いところだが 関東からのサーファーも多く サーフィン界も少しずつ元に戻りつつある感じがした。

そして私事ですが カリフォルニアでは確実に3人目の孫がマリイのお腹の中で大きく育っています。
スティーブの折れた足は多分50%くらいくっついたと思います。
みんな少しずつ元に戻ってくる。
日本人は強い。
忍耐強いから早く元通りの生活に戻る事が出来ると信じて祈ります。

 

東北 関東大地震
2011/03/14
未曾有の大地震が11日 日本列島を襲った。
10メートルの津波 マグニチュード8.8から9.0に修正された。
岩手 宮城 福島 茨城 特に我々サーファーが日頃 お世話になっている海岸線はほぼ全滅。
そして海岸から2キロ程の内陸地にまで 津波が押し寄せ 家や車やすべての物を飲み込んだ。
映画のワンシーンであって欲しい が 恐ろしい現実だった。
そして 原発が爆発の危機にある。
まるで地獄絵図。
被害を受けた方 亡くなられた方 お悔やみ申し上げます。
去年行った福島の民宿のおばちゃんや 茨城のサーフショップの人 大丈夫かとても心配です。
今は海外からも国内からも救助の手が差し伸べられているけど まだまだ物資が足りないみたいです。
私達に出来ることを考え 義援金の募金 電気の節約 小さいことでもやっていこうと思います。
日本中で助け合いながら前に向かって この国の力強いところを世界に示すことが出来たらすばらしいと思います。
そして1日でも早く 東北 関東地域の復興が進み 1日でも早い以前のような生活が戻ってくるように祈ります。


春も近づいてまいりました。
2011/03/10
毎年 2月にカリフォルニアに行って その話をアップしてきましたが 今年は競艇の仕事が忙しくて行けませんでした。

遅くなりましたが今年の目標・・・

その1 NSA全日本大会に出る事。
毎年この時期に 愛知支部の大会スケジュールが発表される。
私が一番気になる支部予選は 5月22日。
早速仕事の日程を見ると 6連休最終日。
大会に出場できる!
ほんの少しだけ風がこっちに向いていると 勝手に喜んだ。
あとはその日のためにトレーニングして大会に備える。
50歳を過ぎて体力を維持していくために ランニングしたり 自転車に乗ったりしている中 「自転車のレースに出よう」と誘われた。
チャリレース in 西浦
私が出場するのは 60分耐久ママチャリレースで 西浦のサーキット1周1600メートルを何周できるかと言う競技。
婦人用の自転車で競争するので 少し遊び心のあるレースです。
私は蒲郡競艇チームに入り 3人で走ります。
去年は18周して 40チーム中 14位だったそうなので 何とかその上を目指したいです。
手を代え品を代え いろんな事に挑戦をし 体力をつけて 今年も全日本大会を狙います。

その2 クレセントサーフボードの上級者用を削る事。
今まで削ってきた 初心者用・中級者用のボードに加え 上級者用にまずは 5−10〜5−11の体重60kgの人用に1本 ライダーの人たちに試乗してもらい その後 70kgの人用に 6−1の試乗ボードをこの春に削って 皆さんの評判や意見を聞きたいと思います。

今年もDOORSが皆さんと一緒に元気で楽しくガンガン サーフィン出来るようにがんばりたいと思います。
試乗ボード 楽しみにしててください。
最後に一つ。
サーフィンを楽しむために ルールとマナーを守ってね。




2010年 ありがとうございました。
2010/12/27
12月 今年も最後のブログとなりました。
1年は早いものです。
今年はいろんな事があった年だったので よけい早く感じました。
先日ドアーズの忘年会をチームライダー杉谷慎太郎君(NSA2級保持者)の幹事で行い 30人の参加者で大いに盛り上がりました。
今年で15周年を迎えたドアーズですが こんなに盛り上がったのは初めてでした。
忘年会の中で私の考える ドアーズ8つのニュースというのを発表しました。
その中でピックアップすると
曽我君の全日本出場はうれしかった。
そしてドアーズの新メンバーの活躍が 飛躍した年だった。
私達親子のトリプルV。
私にとって2度目の全日本出場で 愛知代表として恥ずかしくないように 夏場トレーニングを積んだ。
体重も2キロ減った。
たった2キロと思うかもしれないけど 結構大変だった(今年の夏は異常に暑かったので ランニング中 日射病にかかりそうになって 引き返したのを覚えている)
もう一つチームドアーズに勢いをつけたのが 麻里衣バッカーの復帰である。
始めは大丈夫か心配だったが 第1戦のインドネシアアロハガルーダカップ9位という結果が 彼女自身も自信をつけた一戦となった。
そして第2戦の鴨川で みごと優勝できた。
彼女にとっても夢のような瞬間だったと思う。
ママになっての優勝はとても嬉しかったと思う。
女子プロサーファーのレベルも世代交代で かなり上がっているが 麻里衣のサーフィンはその中でも さび付いてはいない事を証明した。
彼女のブログの中にも書いてあったが 2004年グランドチャンピオンを取った時と同じくらい 今年の総合ランキング4位には 満足していると書いてあった。
大輔は3度のプロトライアルに挑戦して 夢はかなわなかったが 高いモチベーションを保ったまま 1年を終え 今日もサーフィンに出かけました。
プロの合否も大切だけど 誰もが認める高い技術を身につけて欲しいと思う。
2010年はいい事ばかりではなかった。
私事ですが 12月22日 麻里衣と大輔の祖母が他界しました。
麻里衣を一番応援してくれてた おばあちゃんが亡くなったにもかかわらず 今 カリフォルニアに住んでいる麻里衣は 葬儀に参列できなかったのは 辛かっただろうなと思います。
別れがあれば 出会いがある 逝く人があれば 来る人がある。
アメリカの麻里衣から 第2子が出来たと嬉しい知らせがあった。
私にとって 3人目の孫が出来る。
これによって来年の麻里衣バッカーの JPSAの参戦は無くなったから 余計に今年のカムバックは嬉しい結果になりました。
そして麻里衣の年齢からして もう一度カムバックできるかもしれないなと つい期待してしまう・・・?
いろんな事があった1年だけど 皆さんのおかげでドアーズとしては 良い年を送ることが出来ました。
どうもありがとうございました。
2011年は麻里衣の出産などで 忙しくなりそうです。
来年もよろしくお願いします。 

名物
2010/11/12
「富山ブラック」・・第1回東京ラーメンショー売上第1位 黒醤油ラーメン
「八海山」・・新潟の銘酒 すっきりとした飲み応え

「菊の花の御浸し」・・新潟では常に食卓に上がる 

2度目の新潟トリップ
2010/11/12
ドアーズ敬老会メンバー 日本海と酒をこよなく愛す熊地蔵(45歳)と私マスター(52歳)合わせて97歳コンビである。
このジジイ二人がこの先 とんでもないスケジュールで ウェーブハンティングに出かける。

まず 7日夕方愛知を出発

8日・・新潟白岩でサーフィンの後 スーパー銭湯に行き Beerと八海山(新潟の酒)

9日・・新潟東港ポイントでサーフィン 昼から大荒れのため温泉に行き Beerと八海山

10日・・富山に移動し 上市川と岩瀬浜でサーフィン2ラウンドし Beerと八海山

11日・・車を飛ばして福井県 RDポイントへ 弁当を持っていって 2ラウンドサーフィンをする 

4日間で3県を移動 そして年寄りの勘を働かせ ことごとく波を当てていく。
97歳コンビで力の限りサーフィンして 夜は疲れた所にサロンパスやバンテリンやプロテインなど 薬の力を借りながらがんばる。
何のためにジジイがこんなにサロンパスを貼ってまでがんばるか?
それはただ「波乗りが好きなだけ」それしかない。
体だけは鍛えておきたいと 改めて思った。

皆さんがこれから長くサーフィンを続けるには やはりサーフィンの好きな友達を 一人作ることだと思う。
熊地蔵と私 あと2年で101歳コンビになる。
今年も楽しいトリップになりました。
来年も再来年も「敬老会サーフトリップ」をまた一緒に行きたいです。

今回の目的の一つは 藤石君の新居を拝見すること。そしてもう一つは 新潟ローカルの オガちゃん タケちゃんと交流を深めること。
みんな 来年は伊良湖に来てください。
そして 全日本大会で会いたいねー。

PS
今回のトリップで一番迷惑をかけ とてもお世話になった 藤石君の奥さん カオリさん どうもありがとうございました。
是非 来年は愛知に遊びに来てください。 


サーファーにゴールは無いんだから
2010/10/09
私の友達に ツヨシ君がいます。
歳は私より一回り若い 39歳。
私は 彼からいろんな事を教わり 影響されます。
今回久しぶりに二人でサーフィンに行きました。

ツヨシ君の家に行ったら 玄関に新しい3人乗り電動アシスト自転車が置いてあった。
「いいのを買ったんだね」と聞いたら
「蒲郡市から無料で借りられるんだよ」と。
・・驚いた。

二人で車に乗り走り出す。
「朝マックに寄りませんか?」とツヨシ君。
「寄りましょう。」
コーヒーとバーガーのセットで¥220。
いつもはコンビニのコーヒーとパンで¥400くらいで あまり美味しいと思ったことはなかった。
この¥220は美味しかった。
・・驚いた。

またまた彼からいろいろ教わるハメになった。
人との出会いや付き合いの中で 些細なことでも教わることは多いし大切だなと思った。

彼は最近 サーフィンよりもトライアスロンに凝っている。
「積極的に大会にも出たりしてるんですよ」と言っていた。
「それはすばらしい事ですね」と私は言った。
歳を重ねて 体力を維持するのは大変だから。
そして彼は「最近サーフィンには少し情熱が沸いて来ない」と申し訳無さそうに言った。
「そうですか」と私。
そしてこう言った。
「ツヨシ君 あわてなくてもいいんですよ。サーフィンにはゴールが無いんですよ」
人によっては 30歳までにプロになりたいとか 何歳になったらサーフィンより仕事を中心にしようとか 大会は今年でやめようとか 区切りをつけて自分を発奮材料にしたりしますが それは区切りであってゴールじゃ無い。
アラフォーのお父さんサーファーにこの言葉を捧げます。
‘あわてなくていいんです。
 誰にもサーフィンのゴールは無いんです。
 ゆっくりでいいんです。
 楽しく続けましょう。
 Keep Surfing,

全日本サーフィン選手権 その2
2010/09/06
MenクラスR1大輔のヒートがはじまった。2位で上がったが、1位に負けた感はなく、3位にならない慎重な試合運びであった。そしてその戦い方に息子の成長を感じた。
昼からは曽我君のR1。曽我君は3位で負けてしまったが相当悔しかったようで来年も全日本に帰ってくることを約束して早々愛知に帰って行った。ここに来るだけで大変なんだ、胸を張って帰ってくれ!そう言って送った。
大会2日目、大輔はR2も2位で上がった。この時点で好調だった愛知勢も半数が敗退していた。
大会3日目、R3は悔しい逆転負けで大輔の3度目の全日本が終わった。
大会4日目、私のG-マスターのクオーターファイナルがはじまった。途中まで2位だったけど途中でインターフェアーをコールされてしまう。「またか...」体の力が抜けていくのを感じた。実は今から14年前、新島で行われた私にとって人生初の全日本のR1において緊張からかインターフェアーを犯し、敗退してしまったのだ。今回私にとって2度目の全日本でまたしてもインターフェア。一瞬にして頭が真っ白になった。しかし、今回はインターフェアーによる減点を受けながらも0.2ポイント差で2位をKeepでき首の皮一枚でセミファイナルへ残ることができた。
次の相手はビッグネーム茨城の高梨一夫さん(高梨直人プロの父)と元プロサーファー湘南の三橋敬一さんどちらも私の憧れのサーファーだ。結果、セミファイナルの壁は厚く、破ることはできなかった。試合の後2人と握手をして別れた。また来年もこの人たちと戦いたいと思った。
また明日から支部予選に向けてのトレーニングをはじめようと思う。勝ち負けよりそのプロセスが大事なのである。


全日本番外編
全日本の会場では色々な人に会った。
その1人が沖縄のシーサーこと比嘉力夫プロ。リッキーと会うのは久しぶりだが相変わらず面白い。彼が他のプロサーファーやフォトグラファーから人気が高いと言うのはそのユニークな人柄とキレのあるギャグセンスのためだと思う。リッキーが仙台の越後将平プロや茨城の沼尻和則プロを紹介してくれた。どちらもプロであるということを鼻にかけない気さくな人たちであった。
リッキーありがとう!また沖縄に行きます。
沖縄トリップを計画中の人はリッキーガイド&スクールへ↓
http://okinawarickey.web.fc2.com/

全日本選手権2010 その1
2010/08/30
「民宿大島屋。黄色いスエットのオバさん。」
茨城までカーナビでは6時間を示していたが、休み休み行ったので実際には9時間くらいかかった。
朝6時に民宿大島屋についた。愛知支部の人がたくさん泊まっている公認の」宿である。海に面した宿、窓からはリーフのポイントも見える。青い空に青い海。昨年のお化け屋敷とは雲泥の差である。
問題は一つだけ、この町は日立製作所の町なので民宿の前がやけに車の量が多く、バックで駐車場に入れるのが一苦労。すると、黄色いスエットをはいた民宿のおばちゃんが出てきて「この辺は出勤時間は車が多いんだよ」と説明してくれた。なまりのせいか私には何度聞いても「失禁時間」と聞こえた。
そのうちにオバさんが車道に出て出勤を急ぐ車を無理に止めてそのスキに駐車させてくれました。オバさんに止められた若いドライバーの口の動きを見ていたら「ドケ ババアー」と車の中で言っていた。

マスターからの手紙
2010/07/29
「覚えてますか?そして今でも愛してるって言ってくださいますか?」あべ静江の水色の手紙風に始めてみました。
そんな歌知らない・なつメロ?・・・そうです!
なつかしいーと思った方は アラ50でしょう。

9月19日(日)は恒例になりました ラグーナ ウエーブプールサーフィンスクールを行います。
初心者の方や 初めてサーフィンにチャレンジしたい方にこのウエーブプールの マシンで作った同じサイズの波が練習になると思い 毎年プロサーファーを呼んで行っています。
参加希望者はDOORSにある申し込み用紙に記入し提出してください。
ぜひ 友達とみんなで参加してみてください。

と まあ 初心者に対するスクールはたくさんありますが 中級者に対するスクールは少なく サーフィンが少し出来るようになるとスクールなど受けようと思わなくなります。
そこで考えました。

「マスターからの手紙」ジャーン!!言い換えると
「Love Letter From Master」
(・・・これもどこか懐かしい アラ50世代)
サーフィンは好きだけどなかなか上手くならない・壁に突き当たってる中級者の方にマスターからアドバイス。
ドアーズ会員の方に限り 「マスターからの手紙をください」と言えば封筒に入ったサーフィンのコツ!を無料で配布しますので 試して役立ててください。

皆ががんばってサーフィンが上手くなって チームドアーズのレベルアップにつながるといいなと思います。

今年から「¥100WAX」を始めました。
好評ですよ。
ショップに寄ってみてください。




It's mine
2010/06/16
4月、5月の2ヶ月間 花ちゃんが我が家に来ました。
花は2歳半 我が家には1歳半のジェイミ君がいます。
二人の孫に囲まれ とても賑やかでした。
花は日本にいる2ヶ月間で とても成長したくさんの日本語も覚えました。
が しかし 最後まで理解できず いや 理解しようとしなかったのかもしれない事があります。
年下のジェイミに 物を分け与える事が出来なかった。
例えば 大好きなアンパンマンの人形を取り上げる。
「花ちゃん バイキンマンはジェイミにあげなさい」
と言っても離しません。
その上 ドキンちゃんも食パンマンも 全部総取りです。
全部取るから最初のアンパンマンは 腕の中からこぼれて落ちている そんなありさま。
そして最後に小さな声で

 ”Mine”

自分の「欲しい」という気持ちを抑えて 人に譲る
という考えは とても日本人的なのかもしれないと考え方を変えてみた。

人の物を盗んだら泥棒だけど 勉強なら 自分の行きたい大学に入るために勉強し 合格を手に入れる。
スポーツ選手なら 欲しいタイトルを取るために努力する。
このチャンピオンベルトは人には渡さない・・みたいな。
この性格は花の才能かもしれないと思えてきた。
今回 同じ日に親子でトリプル優勝なんて とても不思議な出来事が起こったけど 今度この上を行くなら 孫の花がサーファーになって 4人で優勝しかない。
そのためには 花が10歳 私が60歳 あと8年サーフィンを続けて行けば 夢のまた夢のような話であるけど・・・

「It's mine」 それは私の物
いい言葉に思えてきた。 





同じ日に 3人優勝
2010/05/23
5月23日 愛知支部予選の為 私と大輔は朝4時半に起きて 伊良湖に向かった。
天気はあいにくの雨。
風も強くテントが飛ばされそうなコンディションの中 大会は行われた。

大輔はメンクラス優勝。

そして私は な・な・なんと優勝して「親子そろっての優勝」という結果です。

これは出来過ぎ。
帰りの車の中で大輔と 事故でも起きるんじゃないかとシートベルトをしっかりして安全運転で帰ってきた。
途中 千葉で行われている JPSAの第2戦のファイナルに 麻里衣が残っているとメールで聞いた。
そして家に帰ってパソコンを見たら「麻里衣バッカー優勝」の文字。
息子と親子優勝が 家族優勝に変わった。
そんな事って・・・
そんな事ってあるの?
同じ日に3人が優勝するなんて。

私と大輔は8月の全日本大会に向けて 愛知支部の戦力になれるように これからますますトレーニングです。
応援してくれた皆さん ありがとうございました。


麻里衣カムバックJPSA
2010/04/30
4月14日〜17日まで行われた JPSA第1戦ガルーダトラベルシーンプロ(クラマス)に 麻里衣が3年ぶりにカムバックしました。
ウエットスーツのスポンサーをサイバーに サーフボードのスポンサーをハーレムにと全てを変えての挑戦である。
3年間 家事と育児に追われろくにサーフィンが出来なかったと思うけど またJPSAのステージに帰ってきたことは コンテストを盛り上げる意味でもいいと思う。
そして復帰第1戦の成績は 第9位でした。
コンテストのカンや時間の使い方がヒートを重ねるたびに思い出されていって 楽しくやれたそうです。
次は第2戦 5月21日〜23日の鴨川です。
皆さん応援よろしくお願いします。
そしてプロトライアルに挑戦している大輔は R2で負けてしまい今回もプロにはなれませんでした。
次回もチャレンジします。

最近 携帯によるブログを立ち上げました。
基本的にはドアーズのライダー達が中心に 波情報や最近の流行りのアイテムなんかをブログで紹介しています。
これがなかなかおもしろい。
波情報はかなり信用できるリアルなもので それに対して皆がコメントを書き込んでくる。
まだ立ち上げたばかりだけど 多い日は800件のアクセスがあったらしい。
私もちょくちょく見ます。
皆さんも興味があったら見てください。
ためになる伊良湖の情報がたくさんあります。

http://ameblo.jp/doorssurf/

PS...
最近私はハリ治療をしてもらった。
去年の11月から痛めている右足首の痛みが取れなくて ハリをもつかむ思いで ハリを打ってもらった。
とは言っても 最初はあまり信用していなかったけど 治療を受けてからかなり調子が良くなってきた。
ハリ治療 効きます。
お勧めです。

ウエットスーツ洗い
2010/04/11
今年のJPSAに復帰するため 麻里衣が娘の花を連れて アメリカから帰って来ました。
今回 スティーブは留守番です。
大輔もプロテストを受けるため 姉弟で4月10日からバリに行きました。
今年も楽しみの多い年になりそうです。

先日 久しぶりに麻里衣と一緒にサーフィンに行きました。
麻里衣のサーフィンは3年のブランクがあるにもかかわらず 決してサビてはいなく 以前よりも輝きを増していました。

サーフィンを終えて家に帰ってくると 当然のように麻里衣は家に入り 娘の花を抱きに行きます。
そして私が二人分のウエットスーツを洗い 干しました。
今はいつもこのパターンです。
我が家ではサーフィンの下手な者が ウエットスーツを洗う係をします。
以前 私の分は大輔や麻里衣が洗っていたので 洗った事が無かったけど 今はもう立場が逆転してしまいました。
冷たい水に手を入れながら 悲しいような 嬉しいような・・・
そんな事を考えながら 娘のウエットを洗っていました。

花の面倒を私たち家族で協力して見ますので ドアーズの営業時間がまちまちになり みなさんに御迷惑がかかるかもしれません。
皆さんのご理解とご協力をよろしくお願いします。

ハーレムサーフボードプロチーム
2010/03/21
昨年 勝浦のローカルから焼津にホームを移した ハーレムサーフボードのオーナー徳田プロと茜プロ そして愛知の金子藍プロと一緒に ロコポイントでセッションしました。

今年からハーレムサーフボードのスポンサーを受ける 麻里衣いわく「茜、藍ちゃん、私はハーレム美女チーム」と勝手なことを言っていた。

波は胸くらいの良い波だったけど 土曜日なのでかなり人が多く 思うようには乗れなかった。
芸人の いとうあさこ風に言うと
「朝倉南39歳 私30を過ぎたら何だかとってもイライラする」って感じでした。
ロコのピークも30人を超えると ちょっとイラッとしますね。
でも 天気もよく水温も上がってきて 楽しい時間を過ごせました。
 
もう40歳を超えたという徳田プロのバックサイドオフザリップは 一目でプロサーファーとわかる きれのあるサーフィンでした。
最近はシェープに追われて サーフィンしてないらしいけど やっぱりすごいなーと思った。

海から上がって少しサーフボードの話を聞いた。
ボードのデザインやボトムの形状の話、特にコーンケープの入れ方など興味深い話を聞かせてもらった。
徳田プロの話では サーフボードに完成というものはなく 半年単位で小さなマイナーチェンジを繰り返しているそうです。
カリフォルニアにいる麻里衣からも 調子がいいと聞いてます。

今年JPSAで「ハーレム美女軍団」の活躍を期待します。 

インタースタイル
2010/02/18
2月17日 サーフィンやスノーボードのメーカーが一堂に集まる インタースタイルに行ってきました。
横浜パシフィコが会場です。
インタースタイルに行くのは久しぶりでした。
横浜に行くのも久しぶりでした。
最寄のみなとみらい駅はでかくて近未来的。
近くにランドマークタワーがあり横浜のシンボル。
(僕の若いころは マリンタワーだった)

たくさんの企業やメーカーが 今年の新商品を展示して待っている。
見ると これは売れそうだなーと思うものや 微妙だなーと思うものなど。
そして たくさんのプロサーファーにも逢いました。
ビラボンのブースでは パーコがいたので ミーハーにも2枚サインをもらってしまった。
2.3時間で帰る予定が とてもそんな短い時間で見れる規模のイベントではなく 結局6時間くらいブラブラといろんなブースを見てまわりました。
気がついたら足がとても疲れていた。

また帰りの駅で 少し迷ってしまった。横浜はデカイなー。
昔 若いころは 港の見える丘公園 山下公園 元町あたりで遊んだり デートしたりしたなーと懐かしく思いながらも 今日はとんぼ返り。
横浜のシュウマイをお土産に買って帰ろう。

面白い商品がたくさんありました。
近々入荷しますので 皆さんもお楽しみに。

カウアイその2
2010/02/05
カウアイ島の空港に着いた時 ビッグウエーバーの青山プロに会い 
「どこに行くんですか?」
と聞いたら
「北のハナレイに行きます」
と言っていた。
「私は西のケカハに行きます」
と軽く挨拶をして別れた。

2日目ビーチで ナキさんに会った。
カウアイと言ったらナキさんというくらい有名な 舟木プロにライフルレンジで会った。
軽く挨拶をして別れた。
ナキさんとはここにいる間 何度も会うだろうと思っていたが 次に会う事がなく残念であった。

4日目くらいにインターセクションに 元WCTのカイポハキハスが入っていた。
一人だけすごいスピードでスプレーを飛ばしまくっていた。
見たらすぐWCTクラスのサーファだと分かった。

カウアイでいろんな人と出会い いろんなポイントでサーフィンしたが 一番印象に残っているのは US・NAVYの基地の中にあるサーフポイントで 許可されたものしか入れないポイントである。
混雑とは無縁のポイントで マリーとスティーブはアメリカに住んでいるので 許可証をもらっているが 私と大輔は許可がないので 基地で働く軍人サーファーのチャーリーの友達として 一日だけ入れてもらえた。
素晴らしい波である。
サイズは頭オーバーでチューブになる波。
この日は土曜日なので 15人くらいいたが 60歳サーファーのティムが いつもは5人くらいでやってるよと誇らしげに言っていた。
このポイントの横にある メジャーというポイントをチェックしに行った。
サイズ頭くらい。
ここはダブルにならないとダメらしい。
明日だなと言って帰って行った。
残念ながらここは基地の中なので カメラで写真を撮る事が出来ず 皆さんに見せる事ができません。
ダブルにならないとダメなポイントは伊良湖には無い。
カウアイにはいろんなポイントがあるんだなーと思った。

カウアイでいろんな人に会って そしてすごく良くしてもらった。
今回のトリップで一番の目的 60歳サーファーのティムさんに 長くサーフィンをする秘訣を聞いてみた。
波があれば毎日サーフィンして 2日に1回はジムに通っている。
やはり努力を続けているんだなーと思った。
 
世界チャンピォン アンディーアイアンを育てたカウアイの波にリスペクトです。

カウアイ その1
2010/01/27
1月13日
昼1:00に家を出発の予定だったが 私は朝10:00の段階でまだベッドの中にいた。
体調は人生最悪である。
昨日 エリイの誕生日パーティーで婿さんのロブがテイクアウトしてきたチキンカレーがあたったようで ロブと私はひどい下痢に見舞われていた。
とりあえず近くの病院で点滴を打ってもらい 下痢止めをもらい愛知を出発。
すったもんだのハプニングの末 カウアイに着いた。

大輔が空港に迎えに来てくれた。
私は体重も2〜3キロ減って 体からパワーが出ない。
「今日の波はどう?」と聞いてみた。
「ライフルレンジというポイントで 頭半くらい。アイアンブラザーズが トゥーインをして遊んでたー。」とやや興奮して話してくれた。

カウアイに着いて2日目
まだ体調はすぐれないが少しづつ回復に向かっている。
スティーブ マリイ 大輔と4人でインターセクションで入った。

*インターセクション・・・私たちが泊ったカウアイの西側で 最も混んでいるポイント 日曜日には30人くらいのサーファーで混雑する 

サイズはセットで頭くらい。
少しづつサイズに慣れようと少しダンパーの波でも テイクオフしようと考えていた。
そして乗った何本目かの波でワイプアウト。
スープにもまれているときに 海底の石に頭がヒット。
頭蓋骨が割れるような音がしたので 海から上がって頭に手を当ててみた。
血!
びっくりして車の方に歩いていったら カウアイの60歳サーファーのティムが通りかかった。
「ヘーイ!マスター!!何をしてるんだー?」
「頭を石にぶつけちゃったよ」
「ちょっと見せろ」
と言われたので見てもらったら 傷は浅かったようで大丈夫。
「ALOHA HAWAII!!!」
ティムは ようこそハワイ。こうしてケガをすることも含めて ようこそハワイへと言ったんだろう。
・・・(俺にもう少し毛があったら ケガは無かったかもしれない。)
カウアイの波はハワイの中でも少しメロウと言われている様だが それでもハワイ。
気をつけないと危ない。
波はパワフルで うねりから立たなければならないため 美しい波の陰にいつも危険が潜んでいると分からされた一日だった。

熱血 親父バンド
2010/01/04
新年 明けましておめでとうございます。

エリイ家族はイギリスに行っているので 私は平凡な日本の正月を迎えています。
私も今年52歳になります。
このまま少しでも長くショートボードをのるために 自転車を購入しました。
目的は体力の維持です。
今度 13日から冬休みをいただき カウアイ島に2週間行きます。
これはマリイの旦那のスティーブが 「ティム」という60歳過ぎのバリバリショートボーダーを紹介したいということで 逢いに行ってきます。
私は ティムに逢うのがとっても楽しみで 聞きたいこともたくさんあります。
どうしたら そんなに長くショートボードを続けられるのか?
ティムのサーフィンを見て 聞いて たくさんの影響を受けたいと思っています。

少しでも長く楽しむということで 少し話は変わりますが・・・
私の幼馴染で 今NHKでやってる「熱血 親父バンド」という大会で 中部地区で優勝したと聞いて とてもうれしく思っています。
2月6日 5時からNHKで放送されるらしく楽しみです。
普段 よく連絡を取る訳ではないですが お互い道は違いますが 長くがんばっています。
彼も好きなロカビリーバンドを30年以上続け やっと認められ 次は全国大会です。

「継続は力なり」
一つの事を続けて行くのには エネルギーがいるはずです。
この友達も すごいエネルギーと情熱で バンドを続けて来たことでしょう。 

「継続は力なり」
僕もカウアイ島で 自然・波・60歳過ぎのティムに逢いインスパイヤーされるのが 楽しみです。

皆さんもエネルギーと情熱を持って 楽しく長くサーフィンを続けましょう。
今年もよろしくお願いします。

日本海 ロックダンスを目指して
2009/12/01
「熊地蔵」と再び・・・
11月30日(月)この日は以前から もし日本海に波がありそうなら日本海に行って 以前の新潟トリップのような いい思い出を作ろうと計画を立てていた。
伊良湖は台風22号のうねりで土曜日から頭オーバーの波が立ち 日曜日も少し大きめの波が立っていた。
場所によってはクローズアウトの感じだった。
季節外れの台風である。
そして日本海側もそこそこ波が立っていた。
難しい選択だったが思い切って日本海行きを決定した。
今回は 熊地蔵と田原の阿部ちゃんとその息子さんの4人で出発した。
阿部ちゃんとは昔から知っているけど 毎回ビーチで少し話すくらいであまりよくは知らない。
何年前から話してるかなー?と考えたら多分 25年くらいになる。
何がきっかけで話すようになったのかなー?と考えたら 思い出せない。
今回は熊地蔵さんが間を取り持ってくれたおかげで 初めての阿部ちゃんとのトリップです。

朝5:00にキッチンせさみに集合して日本海に向けて走る。
途中一度休憩を入れた。
熊地蔵がポソッと言った。
「養老サービスエリアにヨーロー(寄ろう)」
・・・。
私は聞こえないふりをして軽く流した。

9:00頃には日本海に到着した。
が しかし 着いてみてガックリ 波が無い。
伊良湖の波情報は Goodだった。
すぐに帰ろうか 今帰れば昼には伊良湖に着く。
思案のしどころだったが 日本海の「鳥居浜」に モモ・腰の波が立ってると情報があったので そこでサーフィンをすることにした。
波は悪くハズレだったけどこれも経験。
阿部ちゃんとの25年の空間も埋められた。
鳥居浜での初めてのサーフィンも出来た。
「白木」というポイントにチェックに行った。
あー20年前にサーフィンした覚えがある。
記憶をたどってみた。
が 今では堤防とテトラポットで波が立たなくなって やや消滅していた。
久しぶりに行った日本海でまたいろんな事がわかった。
今回は今回で良しとしよう。
また皆でこれに懲りずにトリップに行きましょう。

おまけの話。
先日 大輔がNSA公認ジャッジの資格を取りに大阪に行った。
大阪のスターバックスでコーヒーを頼んだ際
店員が「ホットとアイスとどちらがいいですか?」とたずねられ
大輔は「エーッ ウーン」と迷っていたら
店員「アーゴメンナサイ あたたかいのと つめたいのと どちらがいいですか?」
と ゆっくり言い換えられた。
・・・俺は何ジンに見えたのか?
今回他のショップの人と4人で行ったそうだけど 親交が深まって楽しかったそうだ。

最後に
来年 麻里衣が3年ぶりに JPSAプロツアーに参戦予定。
ブランクはあるものの 今から楽しみです。


新潟の写真
2009/11/06
新潟の時の写真です。
左の写真が常願寺川の河口で真ん中が富山ブラック、右が新潟の友達です。

新潟トリップ
2009/11/06
*くま地蔵*
自らを「くま地蔵」と称する男がいる。
蒲郡の居酒屋「キッチン セサミ」の大将である。
酒と泪(波)と男と女(情け)が好きなサーファである。
基本的には酒が旨くて肴がおいしい日本海のような所が好きそうである。
今回はこの大将と 以前はドアーズチームで今は地元の新潟に帰った 藤石君に娘が誕生したのでお祝いを届けるためのショートトリップである。
2週間ほど前から計画を立て 二人で行くことを決めたが 週間予報が出始めたころから この日急激に冬型が強まり 愛知で20度以上の気温が 5度になる予報であった。
少し気の重いトリップになりそうだと思った。

11月1日 夜10:00 家を出て蒲郡インターから高速に乗る。
カーナビが表示する到着タイムは5:00 7時間である。

2年ぶりに藤石君にあって再会を喜びあい お子さんの出産祝いを渡し 少し仮眠をとって早速サーフィンに。
北たうねりで北西の風 ほとんどのポイントがダメ。
が しかしボトムがリーフの「牛ちゃん」と言うポイントだけがすばらしいブレイクをしていた。
いつも通っている伊良湖には無いくずれ方で ポイントブレイクで5人しかいない とてもいい思い出ができた。
途中からセッションに加わった 藤石君の友達の オガちゃん タケちゃん さおりちゃんとみんなで一緒に昼食を食べた。
そこでいろんな会話が弾んだが「牛ちゃん」を当てるのはかなり難しいらしい。
くま地蔵に手を合わせた。

昼からさらに雨・風がひどくなったので 皆で温泉につかりに行った。
明日の新潟はクローズするらしい どうしよう。
そうだ!と藤石君が言った。
昔ドアーズにいて 今は富山県でサーフィンしている 三国君と連絡を取ろう。

*富山ブラック*
三国君のメール
「明日の富山はヤバイ 絶対いい!!」
明日 新潟にいてもしょうがない 三国君を信じて富山に走る事にした。
高速代は¥1000だ。

三国君と再会の挨拶を交わした。
思ったよりサイズが落ちて 僕たちを連れていくつもりだったリーフのポイントはノーブレイク。
予定変更で「岩瀬浜ポイント」へ。
岩瀬浜はかなりいい感じのブレイクをしているが 人が多かったので その横のパートUの方でサーフィンした。
早い波も多かったけど選んでいい波もあった。
そして食事をコンビニで済ませ 次は河口のポイント「常願寺川ポイント」に入る。
他の3人は入ったが サイズが小さかったのと疲れから私は見学にまわった。
「寺」と「地蔵」だけに相性がいいのか ここでは くま地蔵のクリスギャレット6−5ファンボードが良く走っていた。
そして海から上がって 着替えている三国君が首からかけているバスタオルに覚えがあったので聞いてみた。
「それって 昔のドアーズタオル?」
「はいそうです。富山に来てもずっと使っていました。」
と 三国君は言った。
すごく嬉しかった。
けど ものすごく汚れていて黒くなっていた。
藤石君が教えてくれた。
富山には名物「富山ブラック」と言うスープの黒いしょうゆ味 太メンのラーメンがありとても有名です。
でも 本当の「富山ブラック」はラーメンじゃ無く 三国君のドアーズタオルだと思った。
三国君に新しいドアーズタオルを送ろう。

*新潟タクシー強盗 湯けむり殺人事件*
富山から日帰りで新潟に帰り 最終日 少しサイズの落ち着いた新潟の海はかなりいい感じ。
色々チェックしたあげく「東港ポイント」に入った。
ここもほぼ貸し切り状態。
メンバーは ローカルで支部予選代表にもなった オガちゃんと彼女のマイちゃん そしてサオリちゃん 藤石君 くま地蔵さんと私。
みんな笑顔が絶えなくて 楽しくサーフィンして 記念写真をとって別れた。
みんなー今度は伊良湖に来てくださいー。

3日前 新潟に着いた時 藤石君のアパートから5分の所で タクシー強盗殺人事件が起きていた。
皆で怖いねーと言っていた。
藤石君と奥さんと娘のヒワちゃんに別れを告げて帰る時 まだアパートの周りでは警察官がたくさん手がかりになるものを探していた。
新潟のローカルテレビ局「TeNY(テレビ新潟)のリポーターがカメラの前で
「以上 現場からお伝えしました。」
と言っていたようだ。

今回のトリップは3日間とも良い波に恵まれた。
毎年 日本海トリップを何回もしている くま地蔵さんがボソッと言った。  
「今回のトリップは私の日本海トリップのベストになった。」と。 

絶賛!ハイライフカップ
2009/10/26
地元 田原の若手ローカルたちが主催するサーフィンコンテスト「ハイライフカップ」に大輔の友達 杉原ヤス(プロ) 増山君が声をかけてくれたので ドアーズから9名がエントリーしました。
私もマスタークラス(39歳以上)でエントリーし 大会を楽しませてもらいました。
波はかなり厳しいクローズ寸前の流れの入った 新日ポイントでした。
選手の熱気はすごく ハイレベル(間違いなく伊良湖のトップレベル)な大会でした。
愛知県のたくさんの2世サーファーやプロサーファーの卵がスキルを競い高めあっている。

例えば
スペシャルクラスR-1に今年のチャンピオンゲームスでR-4まで勝ち上がった 早川君
TSAのグラチャン 萩原ショウタ君
VQSで優勝した 平井コウスケ君
このメンバーがいきなりR-1で戦うなんて 他の大会ならファイナルの場面です。
そして エキシビジョンでは愛知のプロサーファー3人がクローズ寸前の波の中 それぞれの持ち味をおしげもなく若い子たちに見せ付ける。
ヤス(プロ)のスナップ マサヒロ(プロ)の高いエアー ケンタ(プロ)のロングチューブ 若い子たちは大喜びだ。
このような大会の中からいずれ愛知を代表するすばらしいサーファーが生まれると確信する。
そして 田原の若手ローカルの団結力!
駐車場の整理をしてくれた子 カレーやおしるこを振舞ってくれた子 ジャッジを務めてくれた大人のローカルさん 本当にご苦労様でした。
誘ってくれたマッスー ヤス(プロ)ありがとう。
私も大輔もセミファイナル敗退だったけど そんなことはどうでもいいと感じさせる goodなサーフィン大会でした。
子供たちがプロサーファーに憧れ 目標にして行く。
横道にそれずに成長していってくれればと願います。

ハイライフカップ 楽しかったな〜!!

バッカー家が来た
2009/09/12
今回 マリイとスティーブでサーファーの憧れの地 メンタワイへサーフトリップに行くということで 花を我が家に預けて行った。
マリイが花と離れることは今まで一度もなく 実家とはいえ1歳8カ月の花を2週間預かるのは大丈夫かな?と思った。
それが結構大変で なるべく母を思い出して寂しがらないように みんなであやす。
でも時どき 花はマリイが使ってた部屋を見に行く。
マリイがいないことを確認すると 黙って帰ってくる。
その行動を見てメグさんが涙ぐむ。
その話を聞いて私もウルウル。
そんなこんなで12日が過ぎた。
あと2日かーと思うと 今度は2日しか無いのかと寂しく思う。
最近は「ジジ」と私の事をはっきり発音できるようになった。
「ジジ」と言われる事はあまり嬉しくないと思っていたけど 孫の成長に今は嬉しく思う。
マリイからメールが届いた。
波は毎日 頭から頭半で楽しんでいる。スティーブがリーフで少しケガをしたけどそれ以外何も問題はないが 花に会いたいと最後に書いてあった。
あと2日 マリイと花の久しぶりの対面の瞬間 二人はどんな表情をするんだろう。

全日本大会写真
2009/08/30
まずは写真

全日本サーフィン選手権2009
2009/08/30
8月25日
今年の大会は三重県国府の浜である。
宿はすでに友人の紹介で取ってある。
準備は万端でAM10:00ころ愛知を出発。
息子の大輔は愛知支部予選で2位 出場権があります。
私は応援ですがただそれだけでは・・・と思い 補欠エントリーをお願いしておきました。
(補欠エントリーとは 飛行機のキャンセル待ちみたいな感じで 空きが出れば入れます。それにも優先順位があり 私の場合 空きが7つに対して47番目。かなり厳しい可能性だけど 0ではない。)

大会会場に着きさっそくサーフィン。
台風10号のうねりで国府の浜はサイズ腹でボチボチ。
サーフィンを終えて宿にチェックイン。
宿の名前はちょっと言えません。
名前のイメージは 玄関ホールに入ると青いカジキの飾り物があり 白いテラスとプールにパラソルを想像していました。
・・・が 見てびっくり「ヤバイ!」
部屋に通された私(私には霊感は全く無い)でさえ この部屋は出ると思った。
一人では泊まれない。

支部長からのメールでキャンセル待ちは回ってきませんでした。ガッカリ。
こんな感じで全日本大会の1日目が始まりました。
明日は大輔のラウンド1。
いい結果が 出ますように。
今夜は 出ませんように。

8月26日
開会式。
大輔のヒートは明日の朝のようです。
今日は他の伊勢・志摩のポイントチェック。
昨日の夕方 南張が良かったと聞いたので行ってみた。
フラットだった。
南張は国府の浜と違いビーチが南を向いているので今回の東うねりが入りにくいようだ。
国府の浜のとなり 車で15分くらいの市後浜にチェックしに行った。
波チェックをしていたら おばあさんが来て「はい ¥1000」と言う。
伊勢エリアではポイントを変えるたびに ¥1000が減っていく。
このおばあさんが言った。
「5回分の領収書を集めると 水シャワーサービスだよ」
10回分集めるとどうなると思いますか?
「水がお湯に変わります。」
だって。
ふざけるな〜サービスと言ったら普通5%か10%安くなるのが相場だろ。
5回分5000円払ってもシャワー1回100円分じゃねーか。
恐ろしき 市後浜の領収おばあさんである。

8月27日
大輔のラウンド1です。
順調なスタートで1位通過で勝ち上がり その後また市後浜でフリーサーフィンをした。
市後浜は湾が小さくうねりが集まってくるらしく国府の浜よりワンサイズ大きい感じである。
水がきれいでロケーションもよく ちょっとしたリゾート気分である。
ここでもまた1000円を払った。
あと3回で頭から水をたっぷりかぶることが出来る。
どう考えてもたいしてうれしくない。

8月28日
今日はラウンド2。
朝4:30に起きて とりあえずこの何かが出そうな宿をチャックアウトしました。

今日の相手は茨城の井上君が入っている。
去年の世界大会代表になった子で手ごわい。
そして試合は井上君には勝てなかったけど 2位で勝ち上がったので もう1泊することになり またあの宿に戻った。
明日はクウォーターファイナルだ。

夜 ラウンド2を通過したところで 二人で缶ビールを1本ずつ買って小さく祝杯をあげようとコンビニに行った。
つまみは何がいい?と大輔が聞いたので
「のりとピーナツだけは時期的にダメだぞ」
と相変わらず冷やっとするような事を言った。

8月29日
再びチェックアウト
試合に勝ってまたここに帰ってきますと言ったけど ビミョー。
いつも同じ4:30に起き 会場に着くまでの車中の会話である。
「俺は変な夢を見た。昨日 玉突き事故にあって 大した事故じゃ無いけどフェンダーのあたりがへこんだ。」
それに対して大輔は
「朝方何かが左腕にいると感じ 布団をめくったらゴキブリだった。何か白いものが付いてたから 海で洗い流してくる」
夢じゃないじゃん。
そう言ってウォーミングアップしに行った。

大輔のクウォーターファイナルが始まった。
初めから飛ばしポイントをかせぎこのヒートは1位を保ったまま終了した。
次は2時間後 セミファイナルだ。
セミファイナルの30分前に大輔のボードのセンターフィンがグラついているのに気が付いた。
暗雲が立ち込める。
私が補強用のテープとスペアーのボードを取りに車に走る。
大輔に声をかける。
「落ち着いて。そしてもしフィンが取れたら海から上がれ。俺がスペアーボードを届けるから。」
運命のセミファイナルのフォーンが鳴った。

大輔のファーストライドに5.5点が付いた。
行けるぞ。
しかし ゼッケン赤が7.0と6.0と立て続けに点を出し 1位を確実にした。
2位狙いだ。
大輔は3位。2位になるためには5.5点が必要。
終了2分前に大輔がバックサイドリップ3連発。
もしかして逆転か?
みんなの期待も膨らんだが 4.5点で1ポイント足らずに大輔の全日本大会が終わった。
全日本大会メンクラス5位。
あまり記録にも残らないだろうけど よくがんばったと思います。

三重にはあまり来ることがなかったけど 去年の福島の全日本大会同様楽しかった。
すばらしい波 すばらしいロケーション 飛び交う関西弁。
最後に土曜日の国府の浜に入った。
3メートル間隔で2列か3列 横に走ると誰かに当たるのでまっすぐに立っただけ。
3本乗って今年の全日本大会の旅は終了です。
 



久しぶりの大会
2009/07/27
久しぶりにサーフィン大会に出場しました。
35歳以上のアダルトクラスでたぶん私が最年長。
結果は2位でした。
何歳になってもうれしいです。

コンテスト・・・
12分間という限られた時間の中で Best 2Wave 2本以上のライディングをジャッジにアピールする。
私はこの12分の中の 7分を過ぎて あと5分という時間帯がとても好きです。
通常なら 7分間で2本以上のライディングを終え残りの5分で「まだ5分ある」とか「もう5分しかない」とか その日のコンディションによって変わるところです。
この5分は 沖を見つめて神経を集中する ゴールデンタイムです。

50歳を過ぎ 孫も出来て 大会はもういいんじゃないの?という意見もあるでしょう。
でも理由は簡単。
ただ 好きなんです。

が しかし・・・
チーム員のゆみちゃんがデジカメで私のライディングを撮ってくれたので見てみました。
愕然です。
自分が持っていたイメージとはかけ離れた自分のライディング。
違う・・・
帰って来て早速 プロサーファーのDVDをテェックしました。
今度はこの辺に気をつけてサーフィンしようと反省と課題が見つかりました。
サーフィンって奥が深いなーと改めて思いました。
30年もやってるのにゴールにたどり着けない。
明日からまたテーマを持ってサーフィンします。

カリフォルニアからのマリイのメールで 最近またサーフィンをがんばってやってるらしい。
9月にメンタワイに行くため少しづつ体力作りも始めたらしい。
孫の花も「ユーチューブ」の中で初サーフィンを体験していました。
親子3代でサーフィンする日も遠くなさそう。
楽しみです。

29日から二女のエリイ家族がカリフォルニアに3週間行きます。
何だかカリフォルニアがひと昔前の箱根や小田原のような距離感に思えてきた今日この頃です。

マリイ サーフィン
2009/07/11
2009 07

NSA認定テスト
2009/06/11
6月7日の西三河カップは波不足のため9月20日に延期予定です。
いろいろ準備したので残念です。
絶好調のレトロクワッドボードは秋までお預けです。
明日からはまた新しいボードに乗る予定です。

最近 クラス認定テストの認定書を無くした人がいて再発行の手続きをメグさんに聞いてもらった。
NSAに電話するときに 私は昔 4級を取った覚えがあるから記録に残っているかも聞いてもらった。
そうしたら 何と 
「昭和61年に3級が受かっていますよ」
と言われたらしい。
23年の間に3級が4級に変わり ずっと間違ったままの記憶になっていた。
ひどい記憶だけど 嬉しい間違い。
(23年前3級を取った時 大輔は2歳だった・・)

今まで30年間サーフィンをやってきて気がつけば 娘と息子はNSAの2級を取った。
私は4級しかないから今さら3級を受けるのもちょっと・・プライドも邪魔して考えられなかった。
でも3級があるなら 2級に挑戦なら話は別で受験してみたくなった。
今年の秋の認定テスト。
いや その前に三重か静岡の近くで認定テストがあったら受けてみたい。
もっと早く自分の級を確認すべきだった。
残念 51歳か・・・
悔やんでもしかたないからこれからの私の目標は2級を取ること。
私にとっていい目標が出来た。

NSA認定テストの意味とはそんな目標を持つこと。
その人 その人の目標がサーフィンの向上につながると思います。
皆さんも認定テストに挑戦してみましょう。

メグさんに「2級を受ける」と言ったら
「私がモーニング娘のオーディションを受けるのと同じ」って言われた。
・・・・・・。


偶然が生んだマジックボード
2009/05/22
前回紹介した 西三河カップのトランジッションクラスに使うために私が削ったレトロクワッドを実際に使ってみた。
恐れていたのは削りすぎたため レールやセンターが厚み5.4cmを切ってしまったこと。
しかしコーンケープを2mmくらいつけてあるので その部分に期待していました。
ミラーポイント サイズ胸 テストするには最高の波。
最初の30分はテイクオフ・ドルフィンスルーと上手く出来なかったが 1時間を過ぎると慣れてきてすべて完璧にこなせるようになってきた。
そして2時間後 オフザリップからラウンドハウスまで決まるようになってきた。
思わず微笑が・・・
ボードを触りながらニヤニヤしているおじさんは気持ちが悪かったはず。
心配はすべて吹き飛んだ。完璧だー。

その日の午後。
新日ポイントに移動。
サイズ もも ダラダラ波だった。
ほとんどのサーファーがつまらなさそうに海から上がって行くが このダラダラ波でレトロクワッドがどうなるか 興味津々で入ってみた。
ここでもやはりすごかった。
まるでサーフィン出来ているのが私だけみたいな感じになる。
すごいマジックボードが出来たー。
早速 写メを撮ってカリフォルニアのスティーブに送った。
「Thy it」と言っていた。

このレトロクワッドについて説明します。
ノーズからアウトラインについては特に自分のアイデアではなく他のボードのコピーです。
しかしテールあたりには私のアイデアがたくさん入っています。
フィッシュの食い込みをかなり強くしました。
テールロッカーも強く スティンガーを入れて 急激にテールを絞っていきます。
これがミラーポイントでのリップにつながったと思っています。

珍しく 1日4時間サーフィンして 次の日 ビラボンの展示会に行って その次の日 スクール。
この日から左の腰が痛くなってきた。
1日あとから痛みが来るのは年寄りの証拠。
ボードを抑える前足から尻・腰にかけてすごく凝り固まってしまった。
普通の板より前足を強く抑えるためかもしれない。

この板の名前を付けました。
「レトロクワッド風ハイブリッドボード」です。
少し薄くなってしまった分 レトロとは呼びにくい。
ハイブリッドに近いですね。
でもこっちの方が自分に合ってる。

このハイブリッドレトロクワッドに興味のある方
価格は¥98,000です。
この様なカラーを入れて¥100,000ちょっとです。
マークはどうにでも出来ます。

このボードに乗って 普通のトライフィンに乗り換えた時 どんな影響が出るかまだテストしてないですが もしいい影響を与えれば 冬の伊良湖にピッタリですね。

追伸
このボードのサイズは 私の身長が175センチで ボードサイズは 5−11です。
いつでもお貸ししますので是非乗ってみてください。
大会に出るのが楽しみです。

親子そろって表彰台・・・
2009/05/17
5月10日ロコポイントでNSA愛知支部予選が行われました。
DOORSからは私を含めて7人がエントリーしました。
私はグランドマスターという一番高齢の部です。
エントリー者も少なくチャンスもあると思うのですが この年までサーフィンを続けているだけあってみんなツワモノばかり。
ダメモトでエントリーして R1が始まった。
ベスト2ウエーブ 自分の出来としては 今イチ。
海から上がり「終わったーたぶんダメだろう」そう思った。
ウエットスーツを脱いでいたら遠く本部テントの前で大輔が親指を立てた。
「やったーラウンドアップだ」
次はR2。
エントリー者が少ないのでこれがセミファイナル。
次に勝てばファイナル進出で表彰状に手が届く。
大輔はメンクラスを1位で快調に勝ち続けている。
上手くいけば再び 親子で表彰状。

麻里衣が18歳くらいの時私の夢だった 親子で全日本選手権出場 を果たした。
そして西日本選手権では 親子で表彰台へ上がることが出来た。
4歳年下の大輔とは無理だろうと思っていた。
それは私の体力が持たないから。

私は運命のセミファイナルへ向かった。
波は悪く 乗りにくくヨレていた。
が 1本だけいいライディングがあった。
セミファイナルが終わった。
私は自信がなかったが一緒に戦った人が「いい波に乗ってたね 俺は全然乗れなかった」と声をかけてくれた。
見ていた人からも「マスター1位か2位じゃないの」
と言われ 内心「勝っちゃったかも・・」と思っていた。
これで大輔と親子表彰出来る。
ウエットを脱いでいたら大輔が寄ってきた。
「どう?手ごたえは?」と聞かれ 内心は「ある」だけど「無いよ」とそっけなく答えた。
その方が勝った時にドラマティックだなと考えたからだ。
10分後にははっきりするよと思った。

結果発表のコールがあった。
3位で落ちていた。
「うそー!」
私の夢は15分間だけのただの夢として はかなく消えた。

その後大輔は順調に勝ち 愛知県の代表として全日本選手権に出場が決まった。

問題はやはり私の体力かな。
情熱は変わらないけど体力が・・・

シェイプ2 と 西三河カップ
2009/05/09
6月7日に「第4回 西三河カップ」があります。
西三河にある7店のサーフショップが チーム対抗で戦う大会です。
その中で トランジッションクラスが増えました。
各ショップの店長クラスが古いレトロなボードでコンテストに出場します。
生涯ショートボードの私はトランジッションボードを持っていません。
そこであわててシェイプすることにしました。
レトロツインのテンプレートは私のコレクションの中にあるのでそれを使用します。
その他のサイズやテール形状など全て自分で考えながら作成しています。
1番目の写真は テールの形状を深くするか 浅くするか悩んでいる写真です。
2番目はアウトラインの写真です。
今回 トランジッションクラスは幅が50センチ以上で 長さ7フィート以下でないとルール違反になるので狭くならないように 幅は52センチにしました。
レール形状やフィンの位置 クワッドにするかツインフィンにするか しばらくこのボードに没頭しました。
そしてライディングも。
私が海で先の丸いボードに乗っていたら そう言う事情なんです。

今月は5本ボードを削りました。
続けて作ると安定したいいものが出来ますね。

6月7日の「西三河カップ」楽しいですよ。
誰でも出場出来ます。
エントリー費 ¥3000
皆さんもこの大会に出てみませんか?
まだちょっとはずかしい・・・と思う方は 見に来てください。
たんぽぽポイントです。
自慢のトランジッションボードで優勝するところまでイメージして・・・

水野君が自分で削ったボードに乗ったそうです。
レールなど少し厚くなってしまったようですが オフザリップも出来たそうです。
欠点も見えたので次はもっといいものを作る自信が出てきたようです。
牛のクソも段々があるように 段々うまくなる。


シェイプボード
2009/04/18
水温も少しずつ暖かくなり波も所々でいい波がたっています。
昨日 麻里衣と孫の花が日本に帰ってきました。
千葉に1週間 25日から愛知に3週間います。
皆さんと会うこともあると思います。
今回は二人の孫 ジェイミと花の初顔合わせで2ヶ月のジェイミを16ヶ月の花がどう興味をしめすか楽しみです。

写真は最近削ったクレセントサーフボードです。
フルオーダーで¥88,000〜(税別)
中国や台湾で作ったものならもっと安く出来ると思いますが 私たちが作るとこのくらいが限界かなと思います。
最近 DOORSのライダー水野君がシェイプの勉強中で この前二人でコンペモデルを削りました。
白いボードで軽量に仕上げてあります。
(軽量Sクロスを使用のため値段が少し上がります)
水野君は大工さんなのでアウトラインを忠実にカットするのが上手くきれいなアウトラインが出てます。
私が少しアドバイスをしましたが 95%水野シェイプです。

次のブラックボードは客注ですが今流行の 5フィン+バットテールです。
これは私のシェープです。
ディケールはクレセントのステッカーを貼っています。
このステッカーも覚えておいてください。
どこかの国の国旗に似てるって?
・・・ちっちゃい事は気にしな〜い それワカチコ ワカチコの感じで進んで行きます。

コンペモデルの水野シェイプには シェイパーマークが入ります。
二人体制でクレセントを削っていきますので一度お試しください。

カリフォルニア日記 その2
2009/03/04
カリフォルニアの1週間が過ぎ 最後の日。
空港にスティーブとその友達のエリックが送ってくれた。
麻里衣と孫の花は家の玄関で見送りしてくれた。
LAの空港まで車で1時間。
私は朝から少し頭が痛かった。
機内はわりと空いていて私は窓側に座った。
少し遅れて隣にガッチリしたタイ人が座った。
頭は痛いし何だか気持がすぐれないそんな時 そのタイ人は座るやいなやシャンペンを注文した。
何か嫌な予感。
そしてそれをヒジであててこぼした。
シャンペンは全部私の右下半身に!
快適な空の旅はこのタイ人のせいで不快なものになった。
スチュワーデスはもう1杯お持ちしましょうか?とタイ人に聞いたが「ソーリー ソーリ」と私に謝り もう結構ですと断った。
結局このタイ人はシャンペンを一口も飲まずに すべて私のズボンの右側が飲んだ。

このブログはサーフィンのブログなので 波のことに触れておこう。
初日 劇的な再会があり 最後不快な思いをして飛んでしまったが・・・
この1週間 天気はよく波は胸・肩をキープしていた。
初日はサンクレメンテ・ピア
 
2日目はソルトクリーク ここの波は少し癖があって乗りづらかった。

3日目はサンディエゴのジェティー 堤防の横から出るパーフェクトな波。
ちょっとパド筋が戻ってきて 時々いいライディングが出来るようになった。

最後は USサーフカルチャーの中心 ハンティントンビーチ。
ここが一番うまく乗れた。
水温はどこも同じで ブーツ・グローブはいらない。
気温は日本の6月くらい 屋内に入ると4月くらいと少し寒い。
憧れの トラッセルズはチェックしただけ。
ロウワーズと言われる場所がすごい波で 三角形のいい形だったが30人くらい入っていて 麻里衣の話だとこの30人は手ごわいと聞き チェックだけにとどまった。
CAでしっかりサーフィンして 体重を絞ろうと思ったが モスバーガー4個分はあるアメリカのバーガーと 厚さ3センチのステーキに 逆にウエイトオーバーになって帰ることになりました。

最後に孫の花は確実にすくすくとアメリカ人として育っていた。
 

カリフォルニア日記 世界は狭い
2009/03/04
2月24日 アメリカに着いた。
当日 まだ時差ボケの真っ最中だが 麻里衣の旦那のスティーブが海に連れていってくれた。
サンクレメンテ・ピアだ。
初めてここでサーフィンする。
波が悪かったのでスティーブが子守り 麻里衣との久しぶりの親子セッション。
麻里衣のサーフィンはかなりうまかった。
私は久しぶりってこともあって メロメロでした。
二人でサーフィンした後 麻里衣が最近 週2回アルバイトをしている寿司レストラン「デルマー寿司」へ行った。
レストランの店長が(お父さんが来たら連れて来い)といってるらしく 初めてみんなで行きました。
カウンターに座りいろいろ話していると 麻里衣が店長を「タカさん」と呼んでるのに気付き「タカさんの本名は何?」と聞いたら「タカイ?かタカラ?かよくわからない」と麻里衣。
その時 私の記憶のスイッチが入った。
もしかして 高井良さん!
そうです!マジでー!そんなー!
高井良さんは23年くらい前 千葉の一宮あたりでサーフショップを経営していて 私は友達に連れられてそのサーフショップで2泊させてもたった。
その時この人の経営者としての経営論に耳を傾け 一つ年下らしいが この人はスゴイと思ったことをよく覚えている。
それが23年後 アメリカのサンクレメンテで今度は娘がお世話になっていた。
私たちはすぐにうちとけあい「高井良さん」「マスター」と呼び合い23年前の話に花を咲かせた。
高井良さんはサーフショップを他人に譲り 10年程前からここで寿司店を構えた。
経営者としての臭覚がそうさせたのか?
いずれにしても このサンシャイン・カリフォルニアに魅せられた一人であることは間違いない。

23年前 私は飲食店 高井良さんはサーフショップ それが今は逆になってカリフォルニアで再会 そんなこと考えられる? 世界は狭い!!!

沖縄のシーサー故郷に帰る
2009/02/22
昨日 友人のプロサーファーの比嘉力夫君から 私の携帯に電話がありました。
内容は 今月24日をもって故郷に帰るとのことでした。
リッキーと言ったら知ってる人も多いと思うけど バリバリのショートボードコンペティターで 何度もDOORSに遊びに来てくれてるので馴染みの人も多い。
何より最近では「沖縄のシーサー 北海道に行く」と言うタイトルで サーフィンワールド誌に6年間も掲載され 存在感をアピールしてくれました。
そして私がシェープする「クレセントサーフボード」はリッキーと二人で数年前 DOORSのシェープルームにこもり あーでもない こーでもないと研究し 夜は泡盛で一杯という毎日を送りました。
毎日が充実してて楽しかったー。
僕のジョークも寒いけど リッキーのジョークも沖縄人とは思えないほど寒かった。
その彼も長年連れ添ったリナちゃんと昨年結婚して 今お腹の中に双子の赤ちゃんが宿っています。
そんなことが彼を故郷の沖縄に帰るきっかけになったと思います。
リッキーが心配して聞いてきました。
「双子を育てるのは大変だぞ サーフィンなんかしてられないぞ」と周りから言われるけど どう?
私は こう答えました。
「僕はあまり子育てをしなかったなー でも日本チャンプが育ったよ」
「そうだね 親はなくても子は育つって言うしね 安心した」 とリッキー。
最後は「なんくるないさー」沖縄の言葉で なんとかなるさーと言ってしめました。
*ダメ夫はろくなアドバイスをしない*
そしてこれからは沖縄でサーフショップを経営して サーフガイドや波情報などをするようです。
皆さんも沖縄に行く時には是非リッキーに会いに行ってください。
DOORSも沖縄サーフトリップを企画します。
リッキーがんばってね。   

二人目の孫が産まれた
2009/02/03
(麻里衣の双子の)絵里衣とロブの子供が産まれました。
2月2日 なんとロブと同じ誕生日にビッグプレゼントが届きました。
名前はジェイミー・フレイザー・ロウ
体のパーツの80%がヨーロッパ製で創られている 男の子です。
*髪の毛が私のように黒いので少し心配 
ロブはサッカー好きで イングランドプレミアリーグのリバプールファン
息子をスーパースターのスティーブン・ジェラードの様に育てたいみたい。
私はあの手でパドルしたら すごいサーファーになるだろうなーと楽しみ。
でも身長が185cm以上になるなら 中日ドラゴンズの抑えの切り札もいい。
あの手でボールを挟んだら すごいスプリットフィンガーでファーストボールが投げれるぞ。
ストンと落ちるなー。
など 産まれて2日しかたってないのに夢は膨らむばかり。
子供が産まれて 家族が増えるのはいいねー。
今 子育て奮闘中のサーファー がんばれ。
一生懸命働いて 一生懸命サーフィンすれば いずれいい事が待っている。
それにしても 2月の海は寒いねー。

2009年 初ブログ
2009/01/05
新年明けましておめでとうございます。
とうとう来ました 2009年の始まりです。
世間では「不況・不況」と言っていますが我々サーファーは ボードとウエットがあればいつでも楽しめるはず。
水温は低いけど熱い心でがんばりましょう。

正月 マリイから「おめでとう」の電話がありました。
スティーブのママのリンダと花ちゃんとでアリゾナに行ってきたそうです。
アリゾナはリンダのおばさん達が住んでいるそうで みんなお年寄り。
急ぐこともなくのんびり出来たそうです。
3日間で「この子は何歳?」と20回くらい聞かれたそうです。

2009年 全日本大会は三重県でやるらしい。
それに向けて年末・年始でゆるみぎみの体をもう一度 トレーニングして鍛えなおしたいと思います。
勝ち負けよりそれに向かって努力する それが大切!

今年もドアーズサーフをよろしくお願いします。

今年を振り返って
2008/12/17
2008年もあと2週間程で終わろうとしています。
今年も1年楽しくサーフィンが出来ました。
2月のカリフォルニアトリップから始まり 
愛知支部予選出場
サーフボードを去年愛用したクリスギャレットのクワッドからエポキシ素材のバンプフライヤーモデルに変え より縦のラインが描きやすくなり たくさんサーフィンできました。
9月のNSA全日本大会に大輔の応援で 初めて福島に行き感動したこと。
WQS田原プロのゴッジーの快進撃
ラグーナウエィブプールのサーフィンスクール
雨の中のDOORS−CUP
色々あった1年でした。
自分の中で印象に残った出来事は 
1位 カリフォルニア
初孫の花に逢って感激し スティーブに連れられて行ったメキシコでは首の骨を折ったんじゃないかと思ったほどひどいワイプアウトをした事。
2位 全日本サーフィン大会福島
やっぱりいいなー 日本中のうまいサーファーが一つのビーチに集まる。
来年も行きたい!
夏に麻里衣とスティーブと久しぶりに一緒にサーフィンできたことも楽しかった。
皆さんもそれぞれ1年の思い出があると思います。
今年初めて立てたとか 初めてカットバックができたとか その人その人のレベルの中で感動があったと思います。
それがサーフィンの良さだと思います。

来年もドアーズは海の中でも外でも「陽気に楽しく 気を長くして腹を立てず 決して威張らず」の精神で皆さんとサーフィンを楽しみたいと思います。
1年間「DOORSオーナー日記」を読んでくれてありがとうございます。
2009年 私は2月末から3月にかけてまたカリフォルニアに行きます。
タコス チキンブリトー テキーラとますますインスパイヤーされて来ます。
2月には2人目孫も出来ます。楽しみです。

それでは皆さん 来年もよろしくお願いします。

来年はもっとうまく波に乗れますように・・・
   (パンパン 2拍手)
  

「花」ちゃん
2008/10/17
8月20日〜10月13日の約2ヶ月間 孫の花(HANA)が始めて日本の地に降りました。
客観的に見て かわいいとかじゃなく 私にとってですが それはそれは天使のようでした。
「孫は子よりかわいい」とよく聞きますがそれは親側の心の余裕じゃないかと思います。
子供もかわいいに決まってますが 育てる親側に心の余裕がなく生活していくことや育てることに必死だったのでしょう。
花は日本でたくさんの人に会いました。
来たときはハイハイも出来なかったのが 2ヶ月でつかまりながら歩くことが出来るまでに成長していました。
まさに花ちゃん中心の生活。
私たちも花が起きたら起きて 花が寝たら寝る。
スティーブは仕事があるので
「マスター マリイをサーフィンに連れて行ってね」と言い残しカリフォルニアに帰りました。
「OK!」と言ったけどマリイの気持ちがサーフィンに傾いていなかったので約束は守れませんでした。
しかし今年の夏 一度だけスティーブがいる時にみんなでサーフィンをしました。
久しぶりに娘とサーフィンが出来てこの時間を幸せな時間と言うのだなーと思いました。

あっという間に2ヶ月が過ぎ別れの時が来ました。
朝 孫といってもアメリカ人なので帰らなければいけない事はわかっていましたが・・・
私はがんばっていたのですが エリイが泣き出しました。
家族のしばしの別れで感極まって私ももらい泣き。
周りを見たらみんな泣いていました。
そしてメグさんが空港まで送っていき最後の最後まで花を抱っこして搭乗口のテェックのところで
「花、おばあちゃんはここからはもう一緒に行けないから ママと行くんだよ 元気でね」と言って花をマリイの手に渡した。
その話を聞いてまた涙・涙でした。

全日本サーフィン大会
2008/09/02
8月26日 7:00に愛知を出発し全日本サーフィン大会の会場まで車を走らせました。福島到着は5:30約10時間かかりました。書き始めていきなりですが話は変わります。今 アメリカからマリイと旦那のスティーブと娘の花ちゃんが帰ってきています。そこで思ったんですがアメリカへ嫁に行った子と福島へ嫁に行った子は同じだと。アメリカから愛知は飛行機でだいたい10時間 福島から愛知は車で10時間。とにかく遠いです。 大輔と二人で民宿に泊まりました。車中泊の選手が多いけどそれでは体が休まらないと考え1泊¥4200の喜多屋旅館(喜びが多い)名前が気に入ってここにしました。長い運転で疲れているので二人とも9:00に寝ました。明日の起床は4:00です。携帯のアラームで目を覚ましました。大輔はいません。たぶん15分早く起きてウエットスーツを準備しているんだなと思った。後で聞いたら私のイビキがうるさくて眠れず駐車場の車の中で寝たそうです。−「な〜に〜!やっちまったなー」−です。

8月27日 全日本サーフィン大会6:30開会式。その後 私達は隣の坂下ポイントでフリーでサーフィンをしました。波は胸くらいでとてもファンな波でした。
この日は一日会場近くにいて大会を見たりして過ごしました。ここ北泉ポイントは施設がすばらしく トイレはきれいでビーチの近くにシャワーやキャンプ場 トレーラーハウスもあり宿泊に最適です。一人でぶらっと散策してみました。そこに20〜30メートルのゆるやかで長い滑り台がありました。50歳のいい年をしたおっさんがまわりに誰もいないのを確認して滑ってみました。始めはスムーズに滑っていてウハウハしていたら途中 草むらがガサガサしてよく見ると私の大キライな蛇が出てきました。ヤバイと思って急ぐと急に滑り台がうまく滑れなくなったので途中で降りて逃げました。 サーフィンと同じです。肩の力を抜けばスムーズに走れるんですね。大輔の試合は明日です。

8月28日 メンクラススタート 朝4時に起きて大会会場へ。R1で愛知勢の早川君 増山君 大輔と勝ち上がりました。愛知の予選ではみんなライバルだった子たちが自然にビーチに集まり仲間として応援し強い絆で結ばれて一つになっていく姿を感じ 本当に全日本大会はいいなーと思いました。

8月29日 メンクラスR2 天気 雨・曇り 昨日まで一緒に行動してた仲間の姿は少なくなる。負けた者から去る。これも全日本の定め。 「大輔!俺をこの福島ハッピーアイランドにもう一泊させてくれ」そんな思いで応援をする。自然に出来た地元愛知の若手の応援団。その後ろ10mの位置に立って見守る。昔から「親と言う字は 立って木の横で見ると書く」まさにそんな心境だ。 朝 雨で大会がウエイティングに入り1時間後始まった。大輔はこのヒート1位で上がり調子の良さを感じさせた。愛知勢はメンの増山君・レディースの金子さん・シニアの藤井君・中村君・グランドマスターの小島君とかなりの選手が残っている。もう一泊できる喜びの中 床についた。PM8:00である。そのころ愛知の大雨で我が家も雨漏りがあって大変だったらしいが・・・

8月30日 メンクラスR3 朝 愛知支部の皆さんや知り合いの方の応援の中 大輔はラウンドオブ24で始めての全日本大会を終えた。彼がこの大会で得たものは大きいと思う。  喜多屋旅館は団体客の予約で今日は泊まれない。友達の紹介で「ホテル高見」に泊まることにした。このホテルもかなりオススメ。海にも近いし次に福島に来るときは ホテル高見にしよう。

8月31日 DOORS号は千葉を系由して愛知に向かって走った。途中 岩沢というポイントでサーフィンしたけどかなりクオリティーのいい波で私も 前髪を引かれる思いがあったけど次の予定があるので車を走らせた。
福島 最高!!ハッピーアイランドだー!!
  

ショーンゴスメン
2008/08/04
7月29日から8月3日にかけて 田原プロが行われました。
それに出場する為ショーンゴスメンことゴッジーが伊良湖に来ました。
ゴッジーはDOORSのメンバーなら知っているFOXウエットスーツのライダーです。
彼はR96から出場し勝ちまくりQFまで進み5位でフィニッシュしました。
凄い!!
しかし彼の凄いところはそれだけではなく 私達DOORSのメンバーと どんなに疲れていても どんなに波が悪くても一緒にサーフィンをしてくれました。
そしてたくさんのサーファーがインスパイアーされました。
WQSのトップクラスのサーファーをDVDではなく一緒に海に入って真横からや真後ろから見ると伝わってくるものが違います。
みんなとてもいい経験をしたと思います。
今年会えなかった人はぜひ来年は一緒にサーフィンをしましょう。

PS・会場でゴッジーと話をしていたら偶然隣の車に 田嶋鉄兵君がいました。
彼も今回日本人最高位のR16に入りました。
麻里衣のつながりでもともと面識もあったので おめでとうを言って世間話をしました。
彼は本当にナイスガイです。いい男です。
彼はゴッジーとも仲がいいみたいで話をしていました。
驚いたことに英語がペラペラでした。
サーフィンのうまい奴は頭もいいなー。
ゴッジーは今回の5位でWQSのランキングをまた ひとけたに戻し来年のWCT入りもいよいよ現実味を帯びてきました。
がんばれゴッジー!!!
そして伊良湖の一番熱い一週間が終った。

今年の田原プロのDVDが欲しい方は予約をしておくとゴッジーフェアーで 10%OFFです。

クリスギャレット エポキシボード
2008/07/18
今日 夕方のテレビのニュースで弟のボーナスの支払いが悪いと 50歳の兄が日本刀を持って会社に乗り込んだと言うニュースを何となく聞いていました。
「50歳にもなっていい歳して 何やってんだろう」と思った後 ふと気が付くと自分と同じ歳だった。
自分の中にはそんな自覚はない。恐ろしい・・・・・
自分も「いい歳こいた50歳」なんだな・・・
歳の話はさておき
今日 クリスギャレットのエポキシボードに乗りました。
2回目の使用で伊古部ポイントでコシ・セットハラオーバーくらいで使いました。
感想から言うと いいです。
アウトラインはクリスギャレットのバンプフライヤーですが 私のオリジナルで ノーズから30センチのところに幅を1センチ広げてもらいました。
そして EPSは浮力が強いのを考え 私が45歳くらいのときは厚さ 5.7をずっと使用していましたが
EPSなら 5.5で充分な浮力があり何の問題もありません。
バンプフライヤー独特のストレートにしぼったバンプスカッシュが早いボードの返しを可能にします。
テイクオフも少し幅広ノーズがいい影響を与えている感じです。
そしてボードは恐ろしく軽く仕上がってます。
欠点もあります。
熱に弱く 車の中に置きっ放しにしてはダメです。
すぐに剥離してしまうかもしれませんので 取り扱いには充分注意が必要です。
金額は少し高く 153000円と普通のクリスのボードより 2万円ほど高いのですが 私自身 今 5年前の厚さで5年前のサーフィンができるので 2万円で5年の歳月を買ったと思っています。
高いと思うか 安いと思うか 結局調子がいいならいいって事ですかね。
8月末に麻里衣とスティーブが帰ってきます。
楽しみです。

doors-cup お疲れ様でした
2008/06/30
6月29日大会当日は朝から激しい雨と風波 オンショアではあるが何とか乗れる腰・腹サイズ。
波のチョイスが勝敗を分けるジャンクなコンディションになりました。
皆さんの御協力でコンテストが無事終了できたことを感謝します。
今回の大会で特筆するのはオープンクラス優勝の中根健太・ビギナークラス優勝の中原奈尾人。
それと大会に出て一度も勝った事がなかったビギナークラス伊藤由未の4位入賞はすばらしかった。
それとドアーズカップ史上最もハイレベルかと思われるスペシャルクラスファイナル。
ファイナリストはフライングボーイ小林裕樹・2年前のドアーズカップ覇者渡辺ヒロタツのパワーサーフィン・昨年愛知支部予選シニアクラス5位の杉谷慎太郎と杉浦大輔の顔ぶれがそろいました。
軽いタッチでインサイドまでつなぐ小林とパワーサーフィンの渡辺が終始リード。
チームドアーズの杉谷と杉浦が追う展開。
優勝は渡辺・2位は小林・3位は杉谷・4位は杉浦の順でコンテスト終了。
大会の終わり頃には雨も上がり 波も胸・肩くらいまでサイズアップ。
心配された今年の大会も終ってみれば事故やトラブルもなく成功と言えるでしょう。
コンテストのジャッジをしていただいた フォックスウエットスーツ・クリスギャレットサーフボードの今西さん サイバーウエットスーツの後藤さん 本当にありがとうございました。
ジャッジの集計など手伝ってくれた女の子達とフラッグを担当してくれた神谷君 ありがとうございました。

DOORS-CUPは6月29日です
2008/06/10
東海地区は梅雨に入りました。
毎日ハッキリしない天気が続いています。
今日は荒波Pでサーフしました。
ドアーズのメンバーもたくさんいる中 私は偶然にもエアーが決まってしまって それを哲ちゃんや金子和くん達が見ていてくれて まだまだ健在ぶりを発揮できて満足!満足!
それより嬉しかったのはドアーズメンバーの早瀬くん。
先週見たときはあまり乗れていなかったのでスケボーを使ってノウハウを説明しました。
今週見たら見違えるように変わっていて バックサイドでリップしていました。
こういうときが一番嬉しいです。
「上手くなりたきゃーマスターに聞け」である。

先日 麻里衣が産後2回目のサーフィンをサンクレメンテでやったそうです。
娘の花ちゃんが成長して麻里衣がいなくても大丈夫な時間が長くなり 1時間しっかりサーフィンしたみたいです。
望遠レンズで撮った麻里衣のサーフィンの写真を見ると彼女がどれだけサーフィンを忘れていないかわかります。
ノーズの押さえ方 基本的な姿勢がしっかりしていました。
今 麻里衣とスティーブはカリフォルニアのサーフガイドの仕事を始め忙しくしています。

http://mariistars.com/

皆さんも是非カリフォルニアへ行って見て下さい。

最近はローカルコンテストが続いています。
波のコンディションなどで勝ったり負けたりはしますが楽しんで出場してみるとうまくなっていく人が多いです。
この前のTSAサーフィンコンテストで中原くんがビギナークラスでみごと優勝しました。
6月29日はDOORS−CUPです。
ドアーズのユーザーの皆さん エントリー受付中ですよ。

台風2号を追いかけて・・そして出会った幻の波
2008/05/15
5月13日 季節外れの台風2号を追いかけて 湘南へ向かいました。
以前からうちの奥さんことメグさんが 30年前に私たちが住んでいた町がどう変わったか見たいと言っていたので これはちょうどいい機会と思い湘南へ行くことにしました。
実は私がサーフィンを始めたのは湘南で住んでいたのは横須賀でした。
台風のうねりが入り花水川の河口はダブルくらいのチュービーな波。
エキスパートだけが3人くらい入っているだけでした。
まずは昔行った事のある江ノ島めぐり。
階段を上り神さんに手を合わせ帰りに江ノ島の中のメシ屋で食事。
入り口にショコタンも来店したと言う写真が飾ってあり(田舎もんは有名人に弱いというお店の作戦どおり)入ってしまった。
そして海鮮丼をすすめられたが 江ノ島名物生しらす丼¥1050を注文した。
そうするとおばさんは アジしらす丼にしろとすすめてくる。
¥1500だと言う。
言われるままに アジしらす丼を頼む。
料理が運ばれてくるまでの間 さざえのつぼ焼きを食えと言われたがそれは断った。
そしたら次に入ってきたお客さんにも 生しらす丼と注文が入ると決まって アジしらす丼にしろとすすめる。
その人も言われるままに アジしらす丼に変えられる。
なぜ 生しらす丼ではいけないのか?
私は思う。しらすがなかなか獲れなくなっているからアジと組んで しかも¥500高く取るというなかなかの観光地式商売法である。
新しく江ノ島に出来た スパには興味があったが時間的に中途半端だったので横須賀へと急いだ。
その間 湘南のクウォリティーの高い波をたくさん見ました。
鎌倉高校前から稲村ヶ崎へとすばらしい波が続いていたが人もすごく多かった。
そして30年前 3年間住んでいた町に着く。
3年間の間に 3軒のアパートを替わりました。
そのうち 1軒は壊されて無かった。(当然である)
30年経てば町も変わるはずである。
しかし 2軒が残って建っていた。
プロサーファー マリイが生まれた横井荘も「横に倒れそう」に変わっていたがまだあった。
1軒は今も学生の下宿先のような感じで住んでいる人がいる。
昔通ったスーパーは新しくなったね ここの床屋さんは昔のままだね 焼き鳥屋もまだあるねと話をしながら宿を探した。
カーナビに宿泊できるレストランを見つけナビに従って行ったら 三浦半島の真ん中あたりのキャベツ畑を入り細い道をくねくね こんなところに本当にあるのかと不安になって民家を抜けたら海があった。
やっと着いた漁港の横に思ったより感じのいいレストランで オシャレなテラス付。
デッキを歩いて海の見える所まで行ってみるとそこにはなんと見たことも無いような極上のレフトの波。
サイズは胸 肩くらいでサーファーは4人だけ。
あの湘南の人の多さから比べたらこの波はなんだ。
たった4人で貸切 しかも極上の波。
見てはいけないものを見てしまった感じである。
時間はもうすぐ日没であるが 1本だけでも乗ってみたいと思い レストランのオーナーに聞いてみた。
「今 そこでサーフィンしているのは お客さんですか?」 
「いいえ 地元の人たちですよ。」
しかも以前ここの泊まり客がサーフィンをしに海に入って行ったらかなり怒られ入れてもらえなかったと言うことだ。
迷っている間に日が落ちた。
よーし明日の朝 4時半に起きて波が残っていたら一番に入ろう。変な奴が入ってきたら上がればいい。そう思って床についた。
朝4時半 自然に目がさめた。
窓からポイントを見てみると波はもう無かった。
台風の時にしか出ない それも1日だけの夢のような波。
当然ローカルはきつくなるはずだ。
また 台風を追いかけて来てみよう。いつかは乗ってみたい幻の波だ。
そして6時に宿を出て 7時に鎌倉高校の前でサーフィンをして帰ってきた。
波は少し物足りないものでしたが 30年の時間と台風2号を追った今回のショートトリップは私たちにとってとても有意義な不思議な旅でした。
PS・・・
実は30年前サーフィンを始めたときに買ったサーフィン雑誌にこの辺にすごい波が存在すると書いてあったのを思い出した。
当時 一人で軽自動車に乗ってウェーブチェックに来たことがあったがとうとう探すことが出来なかった。見つけられないはずである。
台風の時しか姿を現さない。
それが30年後カーナビの言うとおりに来た所にその波を見つけるなんて・・・不思議だー。
私にとってまさに幻の波である。

サーフィンコンテスト
2008/05/12
サーフィンのスタイルにはいろいろあると思うけど 大きく分けると二つに分かれるとおもう。
波乗りをして自然と一体化するエンジョイ型サーファーとサーフィンのテクニックや大会を楽しむコンペタイプ。
どちらもサーフィンの好きなサーファーである。
しかし自分のテクニックの向上を目指すならコンペタイプがいいと常に思っている。
今年3年ぶりに愛知支部予選にエントリーした。(5月11日)
というのは 昨年あたりから注目されているクリスギャレットのクワッドモデルを使うようになって自分のサーフィンに自信がわいて来たからである。
自信がわいて来たら他人と競ってみたくなるという自然な流れでエントリーした。
私のクラスは40歳以上のグランドマスタークラス(私は今年50歳)
ポイントはロコ サイズは頭くらいのジャンクなコンディション。
私が用意したボードは腰・胸あたりで使うクワッドと頭以上で使う6−3トライフィンである。
私が選んだボードは調子のいいクワッドでは無くあまり使ったことの無い6−3であった・・・・
3年ぶりの全日本支部予選はラウンド1で敗退という結果になった。
残念!
コンテストはむずかしい。
なぜならそこに出てくる人はみんな勝ちたいと思っている。
そしてみんなそれぞれに自信を持っている。
だからおもしろい。
また出場したい。
みなさんも1年に1回でもいいから大会に出場してみたらいかがでしょうか?
努力するということが楽しくなります。

息子 大輔はこの大会でメンクラス3位となり全日本出場権をほぼ確実にしました。
最近彼は調子がいいようで 先日行われたJPSA茨城のプロトライアルに出場し全国75名のトップアマの中でベスト6位に勝ち上がり メインラウンドに出場しプロと戦いもし2位に入ればJPSA公認プロの資格を得るところまで行ったが 残念ながら3位であと一歩でした。

全日本の大会は私も福島に応援に行こうと思います。
2000年麻里衣と全日本大会に行って以来8年ぶりです。
私と一緒に応援とサーフトリップを兼ねていける人を募集しています。
サーフィンを見るのもやるのも自分自身の技術の向上とリフレッシュになります。



初めの一歩
2008/04/30
4月30日、マリイからメールがありました。育児奮闘中のマリイが約11ヶ月ぶりにサーフィンをしたらしいです。乳をやり、寝かしつけ、完璧な状態にして、スティーブ(マリイの旦那)に娘を見守ってもらい、11ヶ月ぶりにパドルアウト。体型が変わってしまったかと思いきや、案外ウェットスーツはピッタリだったらしく、パドルアウトもサーフィンもすべて体が覚えていてすべてが流れるように行われ、1年のブランクを感じさせないサーフィンができたらしいが、やはりテイクオフの時の強いパドリング力だけは失われていてテイクオフが遅くなってしまうそうだ。30分くらいして岸を見るとスティーブがオロオロしていたので上がってみると娘の「花」がママがいなくなった事に気付き大泣きしていたのである。結局、4本くらいしか波に乗れなかったそうだ。「まだしばらくはサーフィンは封印」と言っていました。でも、ほんの小さい一歩であるが、マリーの第2のサーフィンライフが始まったことは事実で、ゆっくりですが歩き始めたという感じです。私やマリーファンにはうれしい話です。冬の間サーフィンから遠ざかっていた人、だいぶ海も暖かくなりましたよ。マリーもサーフィンを始めました。みんなそろそろ波乗りしようぜ!!!

大輔 2度目の渡米
2008/04/14
3月29日から4月6日まで大輔が今年2度目の渡米をしました。目的はもちろんサーフィンと姪の花ちゃんに会うことです。今回は2月に私と一緒に行ったポイントとはまた違うとことに入ったそうです。マリイの家の近くで初めて入ったトラッセルズは(あの有名なポイントに入るんだー)と興奮と感動があったらしい。波はスティーブに言わせると いい時が「10」なら今日は「2」だと言われたけど伊良湖出身の大輔には「6〜8」にも感じたいい波だったそうです。
ニューポートとハンティントンの間にあるリバーマウスにも入ったらしくとてもいい波に乗ってきたらしい。少し混んで来たなと思っても20人くらいで「伊良湖・ロングビーチ・膝・腰・120人」ってことはないようでルールとマナーを守っていれば楽しくサーフィン出来るそうです。
大輔がカリフォルニアに行ってる間 私は久しぶりにシェープをしました。作ってみたかったのは私が去年から気に入って乗っているクワッド(フィンが4本)です。乗ってもらいたいのは 体重が60キロくらいの中・上級者のサーファーで試験的に楽しんで乗ってもらいたいのでDOORSのチーム員で興味のある方は私に連絡をください。4月9日に大輔に試し乗りをしてもらいましたがサイズ腹 少しオンショアーの中 普通にリップしてカットバックしていました。だだ私が見た感じ長さが 5−8なのでテイクオフは早くはなかったのとゲッティングアウトも大変そうでしたが 乗ってしまえば結構おもしろいそうです。マスターシェイプのクワッドボード今回はレールの落とし方を少し変えてみました。試し乗りで楽しんで感想を聞かせてもらい お互いのサーフィンに対するレベルを高めていけたらいいですね。

孫の花ちゃんは最近「ウー」「ワー」と言うらしくスティーブはダディーとかダダ(パパ)と自分のことを教えていたら何かの偶然で花ちゃんが「ダダー」と言ったらしくみんなで「わー今 言ったね」と和やかな雰囲気に中 スティーブだけ1人泣いていたそうです。もうそんなことで感動していたらこの先大変だー。 

カリフォルニアに行ってきました第2弾
2008/02/28
2日目、マリーの家から近いサンクレメンテのソルトクリークにてサーフィンしてたら私の近くに、空から鳥がダイブしてきた。日本ならおおかたカモメくらいなんだけど、サンクレメンテでは野生のペリカンであった。初めて野生のペリカンをしかも、私のサーフボードのわずか5mくらい、手を伸ばせば触れそうなところにダイブしてきた。やっぱりアメリカはスケールが大きい。そして次の日、メキシコのバハマリブへ朝6:00にサンクレメンテを出てサンディエゴの街を通って行った。行きは2時間くらいでメキシコに着く。スティーブの話ではこの時間より遅く出ると、大渋滞にハマるらしい。バハマリブでは、スティーブの友達2人がいままさに海に入るところだった。それと私と大輔とスティーブの全部で5人だけ。それ以外にサーファーがいないのである。50mから100mの間隔で4つから5つのピークがありどこでサーフィンしてもいい感じの波がくずれている。サイズは頭くらいだと思うけど入ってみるとそれよりも大きく感じ、波のパワーがすごくドルフィンスルーでリップが背中に落ちたとき、背骨が折れそうな感じの痛みを覚えた。サーフィンを始めて、2.5時間が過ぎ、サイズにも少し慣れた頃ちょっと大きめの波へチャレンジした時、ひどいワイプアウトをして首の骨が右側に折れそうになり、右の肩がすごく痛くなってしまった。大した事にはならなかったけど、私のメキシコでのサーフィンはそこで終わり。帰りにおみやげのテキーラを買って、本場のタコスを食べて帰ることにしました。(本場のタコスは本当においしかった)しかし、帰りは国境を通るのに2時間渋滞になり、結構遅くなってしまった。スティーブの話ではやはり毎回1.5時間〜2時間はかかると言っていた。メキシコから帰ってきて、マリーの友達の小林さん家へおよばれに行きました。小林さんは20年以上前に、サンクレメンテの近くに家を買って完全にアメリカで生活している人で、仕事はステューシーというアパレルの仕事をしています。子供が2人いますが二人ともサーフィンコンペテイターで、まさにサーフィン一家でした。小林さんは、静岡生まれだけど完全にアメリカに溶け込んでいた。小林さんはたぶん45才くらいだと思うが、ロンゲで茶髪で若く見える。その小林さんが「髪の色が抜けやすいタイプなのでちょっとサーフィンをすると、すぐ色が抜けるんですよネ」と言っていたので、私はこう言った「色が抜けるくらいいいじゃないですか、僕なんか根本から抜けるんですよネ」と言ったら小林さん夫妻は笑っていいのか、いけないのか少し困っていた。そして一番最後に孫の「花」に初めて会ってきました。産まれたことは知っていたが、実感がなかったけど、実際に抱いてみると私は本当におじいさんになったと思った。すこし悲しいような、でもやっぱり嬉しいという感になりました。

カリフォルニアに行ってきました
2008/02/16
マリーに子供が産まれたので孫の顔を見に行きながらサーフトリップに行きました。ロスの空港にはスティーブが迎えに来てくれて そこから1時間くらい南にいったサンクレメンテという町にマリーとスティーブが住んでいます。気温は20度くらいあり日中車に乗っていると暑いくらいです。サンクレメンテは波もよくリゾート地のような雰囲気で気持ちがいいです。
2日目 近くのソルトクリークというポイントでサーフィンしました。サイズは小さ目ですがいい波でした。このポイントはパットオコーネルのホームグランドらしくサイズが上がるとよく見かけるらしい。明日はマリブの方へ一泊で行こうという事になりました。マリブにはスティーブの友達のクレッグさんのセカンドハウスがありそこで泊まります。この別荘はサンタモニカベイの小高い丘の上に建ちマリブポイントが一望できます。プールにジャグジーもあります。クレッグさんの義理の父の持ち物でハリウッド映画の関係の仕事をしていてJFKなどたくさんの作品を作っています。私達が行く前日はロバートデニーロと夕食をしたという大物です。窓からマリブの波チェックをしたら腰くらいしかないのでスティーブにもっと北のベンチュラという町に連れていってもらい オックスナードというポイントに行きました。サイズはいきなり頭オーバー。ここはティムカランの家が近くにあるということです。少し人が多いのでベンチュラベイのリバーマウスへ行きました。サイズは頭オーバーでホレホレの波でしたが人が少なく楽しめました。水は冷たくブーツは必要ですがグローブはいりません。帰りに憧れのポイント「リンコン」に行きました。トムカレンなどのホームグランドで今回見た波の中では一番いい波でしたがやはり人が多かった。次の日はリバーマウスで少人数でサーフィンをしました。私の使用ボードはスティーブに借りたワーナーで6−3。滑り出しが早くとても助かりました。大輔は全ての波を5−10ハーフで乗っていました。次はメキシコ編です。    


明けましておめでとうございます
2008/01/07
新年、明けましておめでとうございます。
昨年、12月30日に娘マリーに子供が産まれました。名前をHANAといい女の子でした。私もとうとうおじいさんと言われる立場になってしまい、うれしいようなそしてちょっとさみしいようなでも、うれしいみたいな複雑な感じになってしまいました。それによってDOORSの店番をずっとやってきているメグさんがカリフォルニアへ9日から孫の面倒を見にいきます。その間は大輔が店番のフォローを行います。そして私と大輔が2月7日〜13日までの間カリフォルニアへ行きます。この一週間は完全にドアーズは営業しません。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。ウェットやボードのオーダーの場合は電話にて私のスケジュールを確認して下さい。それでは今年もよろしくおねがいします。一緒にGOOD WAVEに乗り楽しみましょう!!

来年もよろしくお願いします。
2007/12/30
みなさん、今年一年本当にお疲れ様でした。振り返ってみればいろいろな事があった一年でした。ドアーズカップサーフィン大会、マリーの結婚式、ラグーナウェーブプールサーフィンスクール、クリスマス&忘年会など全てそこそこの成果を収め、私事ですが、地域の組長という役をやりながらの為結局大好きなコンテストには一度も出場できませんでした。来年は2月にカリフォルニアへのサーフトリップを始め、楽しみがたくさんあります。この冬もう一度、体を鍛えなおしてコンテストへの復帰を目指したいと思います。本日をもって07年の営業を終わり、新年は5日土曜日より営業いたします。今年は本当にありがとうございました。来年もよろしくおねがいします。

新潟サーフトリップ
2007/11/26
11月24,25日で、新潟プチトリップに行ってきました。私と三谷水野球部大輔、中原、ゆみちゃんの4人で行きました。三谷水野球部は稲中卓球部とそんなに変わりません。そして今回のトリップの最大の目的は以前DOORSに在籍し、現在は新潟のサーフショップ、イーズに移った、藤石君に会っておめでとうということです。実は藤石君は11月4日に8年越しの恋を実らせ結婚式を挙げたのです。そして第2にサーフィンできたらいいなという感じで出発しました。前日までクローズアウトの五十嵐浜Pがおちついて腹オーバーかセットで胸サイズとなってました。初めての新潟サーフでやや興奮気味の稲中、いや三谷水野球部は急いで海へ。そして最初の波で大輔があいさつがわりにリップそしてカットバックそしてインサイドでチューブライディングとやりたい放題そして少し遅れて私も海へ、一本テイクオフ。意外と見た目より乗りにくかった。なかなかライディングが決まらなかった。30分もするとローカルの子が話しかけてきた。「兄さん達どこから来たの?乗り方を見ればこの辺のサーファーじゃないことはすぐ分かるよ。」愛知ですと答えた。もう一度聞かれた、え?愛知?よほど珍しい県、よほど珍しい乗り方だったようである。そしてこの新潟ですごいことが起こった。サーフィンを始めて一年半のゆみちゃんがバックサイドで10秒以上のロングライド、私も初めて見たし、本人もこんな長く乗れたの初めてと言っていた。まさにこの五十嵐浜のMVPはマネージャーのゆみちゃんでした。そして藤石君と再会して新潟市内で一杯やりました。そして奥さんのカオリさんに会い、コングラチュレーションでみんなで写真を撮りました。初めて会ったけど三谷水野球部も驚きの新潟美人でした。24日の夕方は強いオンショアが吹いたので明日に期待していたけどサイズは上がらず、コシ〜ハラでオチミズPに移動。今度は藤石君もセッションに加わりました。彼のサーフィンも今年新潟支部Men1位だけありスピードのあるアップスンから何発も当て込んでいました。すべての新潟サーフィンが終わりました。藤石君の新潟に来て、最後に食べたいものはー?の問いに三谷水野球部は全員“イタリアン”であった。藤石君は少し心配そうな顔をしていました。新潟に来たらこの“イタリアン”なる不思議な食べ物を食べない訳にいかず、全員で“イタリアン”を食べ、帰路に着きました。新潟県民の心をつかんで離さない、“イタリアン”恐るべし。今回のトリップ、波のサイズこそ小さかったけど楽しい旅をありがとうございました。藤石君、カオリさんいつまでもお幸せに。また行きまーす!

バランスマスターで下半身強化
2007/11/12
11月6日、7日、8日、9日、10日と5日間続けて、私はサーフィンしました。しかもエブリディツーラウンドである。(なぜかルー大柴口調になっている)さすがに5日目くらいになると疲れてきた。その中でパドル筋はもちろんレギュラーフッターの私は首の右側、それと右足の内側、ゴールデンボールの付け根横あたり。(玉の大小で多少の個人差はある)が痛む。たぶんショートボードで正しくスタンスをとると、自然にサーファーは内側に締める方向にも力を使っているということである。例えば、今まで、3日くらい続けてサーフして股の内側に張りを感じたことの無い人はひょっとすると正しく立ってないのかも知れない。ガニ股スタンスかもしれない。スタンスや姿勢を正しく取ることと、下半身の強化にバランスボードを作りました。(実はすでに市販されているものをアレンジした)これで、この冬を乗り切るぞー!!興味のある人はドアーズまで。

娘の結婚式
2007/10/12
悲しいのかと言うとそうではなく 嬉しいのかと聞かれればたぶんそちらに近い・・・・。
涙が止まらなく 一言で言うとボロボロ状態。
10月6日 私の娘 麻里衣の結婚式が蒲郡ホテル竹島にて行われました。
16歳でサーフィンを始め 私の予想を遥かに超えるスピードでサーファーとして成長し いつも一緒にいた。
DREAMS COME TRUE!一緒に全日本選手権に出場!私の夢 親子で全日本出場の夢を果たしました。
(私の成績は始まって3分でインターフェアーにより1回戦敗退と言う結果に終わりました)
次の夢は親子で表彰台!
第11回西日本選手権で私は2位 麻里衣は3位でした。
次々と夢をかなえてくれ そしてプロになりすごいスピードで駆け上がり 2004年日本の頂点 JPSAグランドチャンピォンになりました。
もう 誰もが知ってるサクセスストーリーです。
結婚パーティーで MCの高橋BOU君(私は天才だと思う)の名司会が私の心をピンポイントで突いてくるから 始まって5分でウルルン状態。
二人で戦ったサーフィン大会など たくさんの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡り 最後の「お父さん お母さん今まで育ててくれて ありがとう」で一気に涙があふれ出て あとは止まらなくなってしまった。
結婚式・パーティーにご出席くださった方には御見苦しい所をお見せしました。この場を借りてお詫び申し上げます。
また 遠方から出席していただいた方々 どうもありがとうございました。
そして麻里衣のお腹の中には次なる夢が育っています。
18年後 WCTチャンピォンになるかもしれません。(ちょっと気がはやいかもしれません)
皆さん マリイとスティーブを宜しくお願いします。そして たくさんの祝福をありがとうございました。


台風9号からの贈り物
2007/09/07
大きな台風9号は、関東の海上で発生し愛知県をかすめるように北上して行った。昼からもう有名になってしまった西浦のD−barポイントへ。※私が勝手に呼んでいる。
右の堤防からレギュラーの波、サイズ腹オーバーくらい。メンバーは慎太、哲、水野、大輔と私、その他数人でこのちょっと小ぶりだけど、パーフェクトな波を満喫した。いい波はリップ6発、カットバックあり、エアーありのなんでもあり。今回はみんな、スモールウェーブ用のボードを出してきていた。慎太はクリスギャレットのロケットフィッシュ、パワーの無い小波に抜群の性能を発揮するモデルだ。私も、ライダーの水野もこれに今、流行のクワッド(4フィン)で応戦、大輔は、ワーナーの小波用モデル、リルフライ。哲はもう少し普通の波で使えるクリスギャレットのV−2ロケットだ。しかし今回一番、際立っていたのは、慎太のロケットフィッシュだった様に思います。みんな、波が小さくなった時のことを考えているな〜。あまりポイントの雰囲気を壊すような人もいなく、フレンドリーで楽しくサーフ出来ました。午前中は正面のメインでレギュラー、グーフィーに分かれるいい波だったそうです。この日はまさに湾内カーニバルでした。また親父ギャグ言っちゃいました、、、。


- Topics Board -
Skin by Web Studio Ciel